「使えるもんは使う」。これが私の考えです。
厚かましい? そう言われても気にしません。「使えるもんは使わないともったいない」精神でいます。
では、「使えるもん」とは? たとえば、猫です。
私と同居しているバンビーノ雄「ぐら」も「使って」います。
「使う」というと「生物に対してどうなの?」と思われるかもしれませんが、「猫の手も借りたい」を本来の意味は違うものの、物理的に叶えています。
ぐらのことはバックハグ(背中からハグ)したり、赤ちゃんのように抱っこしたり、顎裏やおしりを撫でたり、頭や身体にキスしたり、おもちゃで遊んだりと、スキンシップを含めた各種コミュニケーションをしています。
その一環で、私が床にごろんと仰向けまたはうつ伏せに横たわると、ぐらがゴロゴロ言いながら近寄ってくることが多いです。
とくにうつ伏せのとき、ぐらは私の背面にひょいと乗ってきます。
3.6kgの重量ですが、ぐらが肩や頭に乗ってくると、ちょうどいいマッサージになるのです。
気持ちいい……。きみは小さなマッサージ師だよ……。
それに味を占めた私は、ぐらに「ふみふみマッサージ」をしてもらいたいとき、狙ってヨガマットの上にうつ伏せになります。
ぐらが私の背面に乗りたい気分であれば、マッサージを受けられますが、そうでないときは身体をすり寄せてきておしまい。
先日は私が「ぐら、肩に乗ってマッサージして」と言うと、言葉を理解しているかのように肩の上に乗ってふみふみをしてくれました。
ついでに頭にも手を乗せて体重をかけていたので、頭皮のマッサージも軽くしてくれたのでした。
「ねえ、乗って。マッサージして」と言っても、もちろんスルーされるときもあります(笑)。
「ぐらの気分」によって、私の希望が叶うか叶わないかが決まりますが、猫の手をリアルに借りています。
「通じ合えた」とこちらが勝手に錯覚するのも楽しいものです。
Text / 池田園子