友人からの人生相談がうれしかった。

前に「人生相談をされなくなって久しい」という文章を書きました。その影響か(?)恋愛やパートナーシップに関する相談が友人から突然舞い込んできました。

その友人に「相談してくれて……めちゃうれしい(涙)。ありがとう」と伝えつつ、たくさんの友人がいるであろうに、なぜ私を相談相手に選んでくれたのかと聞くと「その子さん、日頃いろいろ書いてるじゃない。あれ読んでると、なんか人生経験が豊富そうな気がして」といった思いもよらない回答が。

えっ、そう思う? ふむふむ。

オチもなければ、笑いどころも含まない、エッセイとは到底呼べない「単なる生活に関わる文章」だらけですが、日々発信していて良かったなと感じました。自由かつ好きなことだから続いています。

その友人は知的で冷静沈着、クレバーです。彼の中で結論は出ていたようですが、ちょうど1時間話し終えたあと、自分の思いをシェアしたい相手として選んでもらえるのは、とても幸せなことだなと思ったのでした。

よくよく聞くと、離婚経験があって、現在は事実婚に近いパートナーシップでいるというステータスから「その子さんに話を聞いてみよう」と頭に浮かんだのだそう。

こうして相談を受けたあと、「自分がどのように生きてきたか」をシェアしていくのも、自己開示だったり、「これについてはその子さんに聞いてみよう」と参考人として想起してもらったりするのにつながり、必要なことだなと改めて考えました(別の大人たちからもそんな指摘をいただいたことがある)。

【関連本】『泣きたい日の人生相談

というわけで、わずか38年ではありますが、自分がこう生きてきた・今こう生きているという話も今後綴っていくつもりです。

このメディアは多様な方々に読まれています。実の家族(母と妹)、小学校からの幼馴染、15歳で知り合い今もたまたま近くに暮らす友人、大学・会社員時代・フリーランス一本でやっていた時代・現在(プレスラボ)など人生の節目節目でつながった友人知人たち、大好きな地・福岡でつながった友人知人たちなど、本当にさまざま。

いろいろなサーチワードで記事1本単位に流入があるので、もちろん私と面識のない人もいます。Google Analyticsを見ても日本だけではなく、欧米、アジア・アフリカ諸国、つまり全世界からアクセスがあります。

いつ、どのタイミングで私とつながったか、その後連絡をとっていたかどうかで、私をどれだけ知ってもらっているか、私がどういうことが好き、何が嫌いで、どれだけ平凡あるいは特殊な経験をしてきたかを認知してくれている度合いはそれぞれ異なるはず。

そう考えると、このメディアに記録として残しておくのは、少なくとも何らかの意味はあると思っています。

今後は
・中高生の頃(中2〜3、高2〜3)友人がいなくて独りぼっちで、死にたいと思っていたときのこと
・上京後、大学生になって人生が(けっこう)変わった
・3年未満だけど会社員だった
・人生で一回は結婚したくて、当時好きだった人と結婚したが、うまくいかなくなって離婚した
・フリーランスもしながらプレスラボの役員になった
・東京で個人的に子ども食堂を運営していた
・友人のカフェバーを間借りして不定期でスパイス料理を提供していた
・2年間、福岡に住んでいた
・半年前から大阪に住んでいる
・離婚後、いくつかの付き合いを経て、私を「世界一かわいい」と思い込んでいる(特殊な目を持っておるなあ)パートナーと出会い、約4年一緒にいる
・パートナーとは同マンション同フロア別部屋に暮らす(歩いて8歩で移動可能)
・「動物と一緒に暮らすなんてあり得ない」派だったけど、半年前から猫と同居している
・パートナーとの“共同プチ商い”として、新たな取り組みを細々と始めている
・いずれは一軒家にともに暮らすつもりでいる
など、過去・現在・未来の人生に関わること、それにまつわる考察も、ときどき書いていくことにします。

こんな自由気ままに好き放題できるのも、自分のメディアだからこそ。自分がオーガナイザーとなる「場」があるって幸せです。

Text / 池田園子