気が乗らない誘いを受けたり、恋愛対象として見ていない相手から言い寄られたりするとき「NO」と断る人は多いと思う。自分の気持ちに素直に、正直に行動する自然な反応。でもこれが仕事になると、状況は一変する。なぜか断らずに抱えてしまう人は多い。私もそのひとりだった。
仕事を断れない理由のひとつに、他者の期待や信頼を裏切りたくないという強い思いがある。中には「この人でいっか」という安易な理由での依頼もあるだろうけど、基本的に仕事を依頼されることは、自分がその役割を果たせると評価されている証だから。さらに、仕事を断れば今後の機会を失い、取引がなくなって収入が減るかもしれないという不安も少なからずある。このときに優先されているのは、今の感情ではなく、未来に対する漠然とした不安やネガティブな予測だ。
一方、プライベートな場面ではどうだろうか。気が進まない誘いを断ったとしても、友人関係が壊れるわけではなく、むしろ自分の気持ちを尊重することで、結果的にヘルシーな人間関係を築くことができる。心地よい場所に身を置き、そうではない場を避けることで、自分に合ったコミュニティで自然体で過ごせるようになる。直感や感情に従うことは、決してわがままではなく、自分を大切にするための重要な選択だ。
仕事においても本当は同じことがいえるはず。意欲もないのに引き受けた仕事は、結局のところ品質が下がり、相手の期待にも応えられないことが多い。自分の中でNOと感じることを無理に受け入れ続けると、心身に負担がかかり、長期的には仕事全体のパフォーマンスにも悪影響を及ぼす。自分の気持ちを無視して仕事を続けることで、結果的には自分を大切にできていないことになる。
NOと言う勇気を持つことは、決して責任を放棄することと同義ではない。むしろ、自分の心の声や限界に向き合い、適切な判断を下すことこそが、いち仕事人としての強さだと考える。大切に思う仕事に全力を尽くすためには、自分の気持ちや体調を尊重するのが先決。そう考えると「この仕事は自分でなくても良い」と感じる仕事はできる限り避ける方が賢明だと思う。
今年になってようやくNOと言えるようになり、個人宛にいただいた数件の相談を丁重にお断りした。しかし、それによって相手が大きく困ることはなく、すぐに代わりの人を探し始める様子が見受けられた。自分が断ったところで、仕事は滞ることなく回り、何の支障も生じない。自分の代わりなんていくらでもいることは分かっていたのに、なぜずっと断らずにやってきたのかと呆れたくらい。
仕事であっても、自分の心に従って選べばいい。嫌だと感じるものにはNOと伝え、自分の価値観に合った仕事に情熱やエネルギーを注ぐことで、より満足度の高い結果を得られる。それは、自分だけでなく関係者にとっても幸福な結果を生む。仕事を断ることへの固定観念を手放し、自分の心の声を大切にすることが、より豊かな生き方へとつながっていくと感じている。
Text / 池田園子