誰も幸せにしない不倫報道と、SNSで膨らむ憎悪感情と、ルー・ザロメと。

先日、国民民主党・玉木雄一郎さんの不倫が報道されました。SNSでは実名匿名問わず、いろいろな人が持論を書いています。私もこうして書く以上、人のことは言えませんが、これを機会に考えたいことがあります。この手の報道で「誰が幸せになるのか?」について。答えは「誰も幸せにならない」です。

週刊誌の版元やスクープを取った記者は、数字で結果が出た瞬間に限り、幸せでしょう。この手の記事は注目されて売上が伸びるのが恒例で、記者には特別なインセンティブが入りそう。ただ、彼らも記事を書いたり編集したりする最中は、「不倫ネタ書いてる(編集してる)! ウキウキ!」といったモードではないと思います。後追いするワイドショーの制作側も同じような感覚ではないかと。

受け手はどうでしょうか。純粋に「この記事、面白かった!」「読んでいい気分になった!」と幸福感をおぼえる人は少数派だと思います。むしろ、不倫を善悪の二元論で「絶対悪」と捉えるマジョリティが抱くのは、嫌悪や嫉妬などの憎悪感情。SNSでこの話題に触れている人も「impを稼ぐネタになる」といった動機で投稿しているか、鬱憤をぶつけているかといったところだと思うのです。

その結果生まれるのは、負の感情の連鎖です。たとえばSNS上で玉木さんを批判する声、相手女性の容姿を揶揄する発言、それらを目にする人々のストレスや憎悪感情のさらなる増幅。どう見ても、誰かが純粋に「うれしい」「前向きな気持ちになった」と思う類のものではありません。

匿名アカウントが女性の服装や見た目を貶めるだけでなく、39歳でこれでは精神疾患を抱えているに決まっている、といった偏見に満ちた発言をするのをいくつも目にしました。正体を隠して好き勝手言える世界ですから、注目される発言をしてやろう、いいねを集めようとするあまり、過激化するのも分かります。

ただ、底意地の悪さが際立つ投稿は、自身のコンプレックスを分かりやすく露呈させることに。ここまで性格の悪い見立てや表現ができるのか……ある種の才能だなと一周回って感心するとともに、こんな人が友人にいなくて良かったなと思いました。

この手の下世話な記事は「ネタ消費」されてはすぐに忘れ去られます。来週には、別の話題が新たな炎上の火種になっているでしょう。それでも、短期間のうちに人々の負の感情を揺さぶり、怒りやそれに類するエネルギーを滾らせる。

私はなるべくこの手の「詳細を知ったところで利益のない話題」を内側に入れないようにしています。詳しく知らなくても困りませんし、年単位で覚えておくべき価値のある内容ではありません。脳の容量や思考するために必要なリソース、時間には限りがあるので、不要なことはタッチしないに越したことはありません。

ただ、玉木さんは注目していた政治家だったことから、つい記事に飛んでしまいました。結果として目にしたのは、報道そのもの以上に、前述したその周囲に飛び交う二次的な情報や軽蔑したくなる文章の数々。心身がやすりで削られるかのように、脆くすり減っていく感覚がありました。

誰が誰と恋愛・性愛関係を結ぶかは、個人の意思と双方の合意に基づきます。それに、不倫という婚外恋愛・性愛の形は「同一の相手に刺激を感じなくなる」ようにできている人間という生物にとって、本来とても自然なこと。建前と本音があるならば、本音では「不倫という言葉や概念はアップデートする時期に来ているのでは」と考える経験者は少なくないのではと思います。

私はドイツの著述家・エッセイストで、精神分析家としての顔もあったルー・ザロメ(ルー・アンドレアス・ザロメ)の思想に共感しています。1910年に刊行した著書『エローティク(Erotik)』で、ザロメは男女間の愛に関して、以下のようなことを綴っています。概要を書きます。

「愛し合う者たちが永遠の愛を誓い、形式的な忠誠を交わし合うのは不自然。人間の性愛も反復や繰り返しによって刺激を弱め、常に新たな対象への欲求を増していく。自然な愛の在り方は、不実、裏切りという原則の上に成立する。この最高度に本来的な性愛の在り方と、安定した夫婦生活の基盤になる愛との間には、鋭い対立と矛盾が存在する。ただし、夫婦はお互いの人生の憩いの場を提供しあい、夫婦生活を守りながら、同時に互いの本源的なところから出てくる愛の自由を認め合うことは可能だ」

今から114年前に出た本で、ここまで本質的な事柄が書かれています。英訳版とドイツ語版しかないので、英語もドイツ語も読めない私は、日本語訳されたザロメの他の作品を読んで、この考えに触れました。ごく最近ドイツ語版が出ていたので、その流れで早川書房や海と月社、作品社、新潮社あたりに日本語訳を出していただきたいな、と願っています。

最後に。三浦瑠璃さんも持論を投稿していて「お前が言うな」など、匿名アカウントからさまざまな言葉を浴びせられていました(突然タメ語かつ偉そうな態度で、他人に絡めるのが心底不思議だなと思うのがSNSの世界です)が、その一連のポストで紹介されていました。

この本、買おう。

Text / 池田園子

【関連本】『不倫論: この生きづらい世界で愛について考えるために