ある日の深夜、駅の改札付近。若い男性の声がふと耳に飛び込んできました。
「付き合ったけど友達に戻りたい。でも、気まずくなりたくないから、彼女から振ってほしい」
実に端的なその一言は、クリアに響きました。「気まずくなりたくない」「友達に戻りたい」──恋愛経験のある人にとって、一度は抱いたことのある“Want”ではないでしょうか。
恋愛における感情の変化は、季節の移り変わりのごとく緩やかで、時に激しいもの。一方が関係性の終わりを告げることは、一般的にハードで重たいアクションです。
できれば相手を傷つけることなく、新たな関係性を模索する、あるいはきれいにさよならして縁を断つ──それは私たちが経験から学んできた、高度なコミュニケーションのひとつといえます。
さて、「友達に戻りたい」という欲求について。大人になった今だからこそ思うのは、性的関係のない男女間の純粋な友情は成立し得るし、とても尊いものだということです。
むしろ「友達に戻る」という選択肢は、いつか終わりを迎える可能性の高い恋愛関係よりも、関係を長く続けられる可能性を秘めていると思います。
私にも、ゆるやかに、細く、12〜13年ほど長く続いている男友達がいます。よく会っていた頃、お互い「一緒にいて素でいられて、心地よい時間が流れている」と認識していたと思います。
ともに旅をして同じ部屋に泊まったこともありますが、当時の私にしては珍しく、寝ることはありませんでした。この人との関係は壊さず、友人でい続けたいという気持ちが強かったのです。
もちろん、恋愛中には「(相手を)独占したい」という感情が芽生えることもあります。その気持ちを持つ人にとっては、「友達に戻る」という提案は辛く、受け入れ難いものかもしれません。
それでも、関係性を変更することで、より長く続く関係へと発展する可能性もあるのだと、冒頭の彼の「彼女」が知ってくれたらと、おばちゃんは勝手に願っています。
Text / 池田園子
【関連本】『友だち(Shinchosha CREST BOOKS)』