時の経過というのは早いもので、パートナーと新しい年を迎えるのも4回目。振り返ると、私たちの関係性の形は少しずつ変わってきています。それでも、彼の私に対する愛情は変わっていないように感じます。
私は顔やスタイルなど容姿に恵まれた人間ではありませんが、そんなことはまったく関係なく、彼は毎日何度か「そのが好き」「そのが一番かわいい」と言います。「愛されるか否かと見た目の美は無関係である」ことを証明しているといえるでしょう。
1日の終わりに私の頭皮や足が臭くなっていても、その悪臭をわざわざ嗅ぎにきて「うえっ、犬3万匹飼っとる(笑)」と顔を顰めながらも「生きてる証拠(ニコッ)」と言うほどです。「彼が相当に器の大きいできた男性であって、私は恵まれた環境にあるという大前提」があった上で、変わらない愛は一体どこからくるのか、改めて考えてみました。
私はというと「私の行動は、私が決める」「私の価値観で生きる」を原則として、自由な考えで生きています。そのなかで、パートナーの有無に関係なく、男性とふたりで食事に行くこともありますし、ひとり旅に出ることもあります。「◯日に帰るよ」と伝え、彼に愛猫ぐらの世話を依頼する。彼は特に深く追求することもなく、楽しんできてねと私の行動を見守ってくれる。そんな関係が自然に続いています。
こんなふうに一緒に過ごさないときもあるからこそ、ともに過ごす際にはできる限り、彼に集中するよう心がけています。話を真剣に聞いたり、感謝を言葉にしたり、名前をたくさん読んだり(人が言われて最もうれしいのはFirst Nameだといいます)、「大事ちゃん」「好きだよ」と愛を言語化して伝えたり。
行動でも、栄養価を考えた料理をしたり、彼好みのおやつを用意したり、「抱っこ抱っこ」と言ってハグしたり頭を撫でたりします。「ちょっとだけマッサージしてほしい」と頼まれて、気乗りしないときは「えーっ。やだ」と言いつつも、5〜10分程度は揉んであげます(髪の毛を洗ってもらってるしなあ、という返報性の法則が働いています)。こうした簡単にできることの積み重ねから、愛情が積み上がっているのだと思います。
ほかに意識しているのは飾らないこと。本音や自然体を見せるということです。楽しいときには思い切り笑い、お腹が捩れるくらい爆笑するときは、床に転がって「お腹痛い助けて」と叫びながら狂ったように笑っています。これもある種の自然現象なので我慢のしようがなく、笑いが収まるまで笑い続けるしかない、というのもありますが。デートするときにおしゃれをするのとは別次元の話で、互いの前でカッコつけないことが、私たちの関係を穏やかで心地よいものにしている気がします。
彼も早い段階から自分の素をさらけ出すようになりました。自然現象関係も含めて。だいぶ緩んでるなあと感じることもありますが、私を信頼して100%安心しきっているのは、悪いことではないと思います。
結局のところ、一貫して自由であること、一方でともにいる時間はコミットすること、飾らずにいることが、彼にとって愛情の持続につながっているのではないかと想像しています。
愛は特別な努力や大きな出来事で育まれるものではなく、日々のやりとりから積み重なっていくもの。この先も必要なタイミングでスタンスをアップデートしながら、ふたりの時間を大切にしていきたいと思います。
Text / 池田園子
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