言葉の使い方ひとつで思考も行動も変わります。最近読んだ『降伏論「できない自分」を受け入れる』(高森勇旗)が、そのことを改めて気づかせてくれました。
全体を通して、自分の凡庸さを受け入れた上で、どう行動するかが大切であることが語られています。そして、思考と行動を変える第一歩として「使う言葉を変える」ことの重要性が強調されていました。
たとえば、次なる行動を決めたとき「〜しようと“思い”ます」と言う人がいます。シンプルに「〜します」で済むのに。といっても、私も使ったことはあって、他人のことは言えません。
「〜しようと思う」という表現には曖昧さが残ります。まだ揺れ動いているようで、「やるか、やらんのか、どっち?」と聞きたくなる。対して「〜します」という言い切りはアファメーションになります。聞いている側にも「そっか、やるんだね」と本気が伝わります。
小さな違いのようで、実は大きな違いです。不要な表現はカットしたい。
このほかにも、本書には「ありがとう」の背景をより具体的に伝えることの大切さも書かれていました。もちろん「ありがとう」でも感謝の意は伝わりますし、相手は感謝されたことをうれしく思うものですが、「ありがとうの中身の具体化・言語化」はその遥か上をいきます。
「◯◯(相手の行動)してくれて◯◯(自分のポジティブな感情)に感じた。ありがとう」というように、相手のどんな行動に対してどんな想いが生まれたのか、Whatの部分を言語化し、感謝を示すことが相手の幸福を引き出すのだと。
「ありがとう」はよく伝える一方で、なぜ「ありがとう」が出てきたのかを伝えることは、多くのシーンでサボっていました。本を読んだのは夜。翌朝からできる限り練習をすることにして、まずはパートナーに対し「肩揉んでくれてありがとう。気持ちよくてうれしいよ」「頭を洗ってくれてありがとう。おかげで頭がかゆくないよ」と伝えました。
何か特定のことを上達させたい場合、3,000回くらい練習しないと自然な習慣にならないと著者の高森さんはいいます。何かにつけて、自然かつ流れるような状態でそつなく行うには相当の時間を要します。たとえば、私もライター時代、取材・記事執筆が一人前にできるようになるまで、数百人いや1,000人を超える人を取材してきました。いかに初期の方はでこぼこだったか、ということです。
「ありがとうの理由と感情を添えて伝える」のをナチュラルにできるようになります。そう宣言した私が、まずは1,000回の練習をやっていくとなると、1日3回言うチャンスがあったとしても1年かかるわけです。1日1日の練習機会を意識的に確保します。
やや長くなりました。この「使う言葉を変える」話には続きがあるので、また次回に書きます。
Text / 池田園子
【関連本】『降伏論「できない自分」を受け入れる』
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