44歳のゾロ目。Dr.Taroです。
前回「ちょっといいごはん」京都編の中でも触れましたが、京都で新しく独立生活(医院開業)に向けて動いております。物件内見をしにパートナーと京都に行った日。事件は起きました。半同棲生活を送っている私。今年の開業に向けて部屋を探していた中、パートナーが言いました。「最近内見したところ、あまりテンションが上がらないからTaroだけ先に京都で住んで。あとから追いかけるから」
急にそんなことを言うのでなんでそんなことを言うのかと問いただしたのでした。
そもそも家賃が高い、京都駅から遠い、と文句を言うなぁとは思っていました。これまでも東京と静岡、大阪と福岡と遠距離で関係を育んできたのだから、大阪と京都でもやっていけるとかなんとか。私的にはそのどれもが納得できない理由ばかり。納得できない、そう伝えると「実は」とパートナーがまだ伝えていなかった事実があるという。
それは占い、でした。そういえば東京から福岡に引っ越すときも、そのことを応援したときに、念のため占いでも福岡に行くことについて確認の占いをしていたパートナー。占いで「福岡はおやめなさい」と言われたらどうするつもりなんだろう、と疑問に思ったのを覚えています。そして今回、私にとって大凶ともいうべく決断を迫ってきたのでした。「私は来年にならないと京都には行けない」という、私にとってはただただ辛い、生き別れるような辛さを感じた言葉なのでした。
おそらくパートナーは理解していません。
仕事が終わりホッと一息つくこの空間に、パートナーが微笑んで過ごしていて、夕食を作って待っていてくれる。資源ゴミを捨てに駅前のリサイクルボックスまで散歩をする。そんなひとときが私にとってどれだけかけがえのない時間か。遠距離のときは月に10日だけ大阪にやってくる移動生活が疲れたというので、一緒に半同棲的な暮らしを始めた私たち。私にとっては毎日がボーナス支給日のようなもので大事な暮らしです。占いでこの生活が奪われるくらいなら開業も今の職場の辞職も考え直していたはず。それでも時間の針は巻き戻らないのです。精一杯毎日を丁寧に過ごし、毎日を楽しんで生きて、パートナーを邂逅と感じて過ごしてきた時間はかけがえのないもの。そんな時間がなくなってしまうように感じた私ははたからみればオジサン。44歳ヒト科オジサン属の私はぽろぽろと涙があふれるのでした。
あんまり私が泣くものだから、占い師にどうしたら京都に行けるかを聞いていたようで(私が断固納得しないのを予見している時点で私には占い師よりパートナーの方が占いの力があるのではないかと思ってしまうフシもあります……)、その占い師が言うには、大阪から京都に引っ越す直前で奈良に数日身を置けば、だいぶ良い状況になるというのです。
とはいえ、悪い時期に移動するのは避けられるのなら避けるのが吉なようですが、私にとってはウルトラCの解決策。乗らない手はありません。そして常々私は、選んだ選択肢を正解にするためにどうすべきかを考えるタイプ。小規模の小商いを無理なくクリニック開業に落とし込んで、必ず成功するための条件を書き出すような私です。京都で開業する、京都に住む、そして京都で必ずうまく生き抜くと決めているのだから、奈良に数日身を置くなど屁でもありません。
どうやって安定した生活に着地させるか。それだけしか考えていないことを話し込むうちに、「占いに左右されすぎてるかな私」とパートナーがぽつり。左右されすぎているかどうかは分からないけれど、選んだ道を正解にするために生きたいと思っていた私。パートナーは踏みとどまりました。大阪→奈良→京都なら考えてみてもいいと。ヒト科オジサン属のナミダ( ;∀;)は報われましたとさ。
どんな困難があったって、目指すものがぶれないでいると相手に伝わるのかもしれません。どんな運命が待ち受けていたとしても私たちは乗り越えられるはず。そう思って生きるのが苦難に立ち向かう唯一の勇気なんじゃないか、そう思っています。
Text / Dr.Taro
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