『小学校〜それは小さな社会〜』は良質なドキュメンタリー作品だった

ドキュメンタリー映画『小学校〜それは小さな社会〜』を観ました。東京都世田谷区立塚戸小学校を舞台に、小学校1年生と6年生の1年間を追った作品。撮影は2021年に行われ、子どもや先生は皆マスクを着用し、机にはアクリル板が設置されるなど、コロナ禍の教育現場の記録といった側面もありました。

とあるインタビューで聞いた話によると、山崎エマ監督は約150校の公立小学校をリサーチし、その中から1校を選んで撮影を行ったとのこと。そのため、塚戸小学校は日本の公立小学校の中でも、やや特徴的な教育を行っている可能性があります。熱意のある先生が何人もいたこと、先生たちの話し合う様子からも、それは伝わりました。

ある先生は「今教えていることが、すぐに子どもたちに伝わらなくてもいい。でも、“心に届かせる”よう努める」という信念を持ち、教育に取り組んでいました。いつになるかは分からない。でも、いつか子どもたちが「あのとき、先生から言われたのはこういうことか」と自分ごととして捉えられ、意味を持つようになれば十分だ、と。印象に残ったシーンのひとつです。

自分自身の小学生時代を振り返ると、こんな熱意溢れる先生がいたかどうかは思い出せません。当時は感性が未熟で、その存在に気づけなかったのかもしれませんが。

作中では、数人の子どもたちにフォーカスし、彼らの成長を点で追いかけるうちに、やがてそれが確かな線になります。ここでは小学1年生のある女の子のエピソードに触れることにします。

彼女は新1年生を迎える入学式での演奏チームに加わるためのオーディションに合格し、特定の楽器を担当することになりました。本番が近づく中での練習で、ひとりだけミスをしてしまいます。そのとき、担当の先生は「あなたひとりがこの楽器を担当しているんだよ。その責任を分かってるの?」といった問いを投げかけました。

女の子は日頃から涙しやすいタイプで、このときも責められていると感じたのか、泣いてしまいます。しかし、先生は「泣いたら何かが変わると思っているの?」と厳しめな問いを重ねます。さらに「このまま続けるのか、それともほかの人に代わってもらうか?」と選択を迫ります。彼女は「続けたい」と涙ながらに答え、「ではどうするの?」と聞かれ、「家で練習をしてきます」と決意を伝えたのです。

小学1年生という幼い段階から、自分の課題を発見させ、どう対処するかを考えさせる指導が行われていることに驚きました。日本の教育においては、学力を身につけるだけでなく、集団の中で自分の役割を果たすことや、責任を持つことが重視されているのが伝わるエピソードです。

日本の小学校教育は、海外の教育とは異なる点が多くあるといいます。特に生活指導面での厳しさが際立っていて、清掃や給食の配膳などが代表例です。海外の学校では、と多様な地域を一括りにするのは雑なまとめ方ですが、清掃や給食の配膳は専門のスタッフが行うことが一般的なようです。給食という制度そのものがなく、食堂やお弁当持参といったケースも少なくありません。

だからこそ、海外の人々の中には、特に清掃において「子どもたちは罰を受けているの?」と疑問を抱く人もいるそうです。日本ではこうした活動を通じて、生活態度や行動態度を身につけさせたり、連帯感や協調性を醸成したりすることが重視されています。

運動会に向けた練習も同様です。海外では事前練習一切なしで、当日に集まって競技を行うだけといったライトなイベントとして展開されるケースがあるそう。対して、日本では何週間も前から練習を重ね、みんなでひとつの演目を作り上げていく文化があります。

こうした教育方針には良い面も悪い面もあります。集団の中で和を乱さない態度を養うことは社会に出たときに役立つかもしれませんが、一方で、枠の中で皆と同じことをしなければならない、皆に迷惑をかけるといたたまれない気持ちになるなど、枠に収まるのが苦手な人には辛い場面も多くあります。

私自身も、こうした集団活動を苦しく感じた経験があります。とはいえ、社会に出た後、さまざまな理不尽な状況に直面する機会があることを考えると、ある種の耐性を身につける機会だったのかもしれません。

同調圧力が形成されやすい教育環境であることも、ひとつの特徴です。先に触れたように、本作ではコロナ下ならではの描写もあります。例えば、ある子どもが「あの子、マスクをしてない。しなきゃいけないのに」とつぶやく場面がありました。この光景は、大人たちの社会にも共通するものがありました。「ルール」を守ることが重要視され、時に監視する状況が生まれ、息苦しさにつながることもあります。

日本の小学校教育の良い面と課題の両方を映し出した作品でした。そして、改めて『小学校〜それは小さな社会〜』というタイトルの意味を考えさせられました。

着想から公開まで約10年かけ、交渉に5年ほど時間を要して制作したという監督やそのチームの皆様にいち鑑賞者として、心からお礼をお伝えします。今年巡り会えたことがうれしい作品で、鑑賞できたことに感謝します。

Text / 池田園子

【関連本】『『生きる』教育(生野南小学校教育実践シリーズ)

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