すべての別れ話にはMCが必要だ

他人の恋愛は楽しい。

その真理に気づいているのは私だけじゃないはずだ。じれったい恋愛の相談話に身悶えし、相手の発言の意味の裏の裏の裏をかいて、どうすれば交際に至れるのかを一緒に考える。そこに自分を介在させず、一つの傷もつくらないで参加できるのだから、やめられるわけがない。卑怯だとか、下世話だとか言いたいのなら好きに言って構わない。私だってそう思う。

さらに楽しいのは別れ話だ。たった一言、それを言った瞬間に今までの関係は破綻する。こんなにも近かった相手が、明日から一番遠い人になる。そこにスリルがある。だからこそ、別れるときは慎重になった方がいい。気軽に会うことは許されず、手を握ることすら難しくなるのだから、言葉の力は恐ろしく、その効力は絶大だ。

しかし、私は大人になった。大人になるということは、周囲に既婚者が増えることであり、周囲が即時的な恋愛から遠ざかるということであり、それはとてもつまらないことでもあり、彼、彼女たちの言い分はぶっちゃけ幸せじゃないけど、もう恋愛とか面倒だし、ドラマとか恋愛リアリティーショーで満たされるし、ということだ。全然違う。あんなのは現実じゃない。現実ってもっとどうしようもなくて、花火が打ち上がる浜辺の美しさも感動的なワンシーンもなくて、放送できるかどうかでいえばギリギリできそうになくて、放送したとしても視聴率は絶対に振るわない凡庸さで、それこそが素晴らしいのだ。

それは日曜日のことだった。朝11時近くになって、家に何の食材もないことに気づき、スーパーに向かいながらすぐに後悔した。気温は28度ぐらいあって日差しが強かった。日焼け止めを塗り忘れていた。急ぎ足でスーパーに駆け込もうとしてハッとした。スーパーの目の前にベンチにカップルがいた。

30代半ばだろうか。二人とも黙っていた。日曜日の朝11時である。女性は涙ぐんでいた。男性は地面なのか、スーパーのカゴが積んであるあたりなのか、その辺りの一点をじっと見つめ、口をつぐんでいた。明らかに訳ありである。というか、日曜日の朝11時、5月とは思えない日差しの中、スーパーの前の灼熱のベンチに黙って座っている時点で、訳ありじゃないわけがない。

スーパーからは深刻な二人には似つかわしくないほど陽気な音楽が聞こえていた。何があったのか、別れ話なのか、なぜ別れることになったのか、なぜ二人は日曜朝のスーパーの前を選んだのか。聞きたい。すごく聞きたい。少し行けばチェーンのカフェがあるけど、いますぐここで喋らないといけないほど切羽詰まった状態だったのか、それとも、よっぽど人に聞かれてはいけない話なのだろうか。家じゃダメだったのだろうか。歩いて3分のところに公園があるが、そこではダメだったのだろうか。前の晩はどちらかの家に泊まったのだろうか。だとしたら、なぜ家から出てきたのか。スーパーには入ったのか。何か買ったのだろうか。日焼け止めは塗ったのか。塗ってないけど、そんなことどうでもいいぐらいやっぱり切羽詰まっているのだろうか。聞きたい。すごく聞きたい。心なしか、男性の方は途方に暮れているようにも見える。しかしどうしようもないのだという空気が二人を包んでいた。

「恋愛のMC」という職業があればいいと思う。人が介在した方が、遺恨を残さず、平等に別れられることもあるはずだ。場合によっては関係を修復することもできるかもしれない。誤解を解いたり、互いの悪かった点を客観的に指摘したりして、いい具合に改善提案もできるかもしれない。何より、スーパーの前ではなく、もっと適切な場所へ連れて行けると思う。やりたい。どうしよう、向いている気がする。今の私の編集・ライターの仕事よりはるかに、喜ばれるような気もしてきた。

ずっと二人は何も喋らなかった。後ろ髪引かれながらも、私はスーパーに入った。買い物を急いで済ませて出れば、何か進展しているかもしれない。勝手知ったるスーパーの中を、最短距離で移動して買い物を済ませ息を弾ませて出たとき、さっきまで二人が座っていたベンチには犬を連れたおじいさんが座っていた。二人はもうどこにもいなかった。何が起きてどうなったか、二人はどこへ向かったのか、その結末だけでも知りたかった。虚しさに包まれて家に帰って、いろいろなものを買い忘れたことに気づいた。嗚呼、MCさえしていれば。

Text / 山本莉会

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