カラスに襲われました。比喩でもなんでもなく、背後から頭をわしづかみされたんです。これほど不要な初体験がほかにあるでしょうか。
京都市内を自転車で走っていた、ある休日。道の端に落ちている黒い塊。何かな? ちょっと大きいぞ。もしや、カラスの死骸? 頭上でカラスが鳴いていたので、すぐにカラスを連想しました。近寄りたい気持ちは皆無なのに、道幅的にどうしても近くを通らざるを得なかった。
その瞬間、バタバタいう音が近づいてくるとともに、頭をグワシッと乱暴につかまれる。頭の中では「ウギャーーーッ!!!」と絶叫。恐怖100%。痛みはなくても、若干鋭利な未体験の物質で頭皮に刺激を加えられている。一瞬のことであっても、憎悪と威嚇要素に溢れていると感じ取れる。うちの猫が私の頭をおもちゃにして遊ぶときの刺激とはレベルが違うぜ。いくら私が鈍感でも分かるって。
でも不思議なことに、声で「ウギャーーーッ!!!」とは出てこなかった。代わりに出てきたのは、消え入りそうな「……なーんーでー!?」。疑問と恐怖のミックスで、弱そうにもほどがある声。
カラスにとっては、なんで?もへったくれもねーよという話でしょう。疑問は当然の如く無視され、わしづかみ2回目。え、何、1回じゃ終わらんの!? 軽く涙目。このまま50回くらいわしづかみが続いたらどうしよ、という絶望が脳内を支配。想像を絶することが自分の身に起きたら、奇妙なことを想像してしまうのね。
4年前、屋久島でアブに執拗に追いかけ回されたことがありました。泣きながら逃げつつも「私がかつて不義理をした男性がアブに姿を変えて、恨みを晴らしてるのかもしれない」と、自分の罪深さを冷静に省みていたときのことも思い出すなど。頭っていうか、推量の前提が偏ってるし狂ってる。
ここで止まるとさらに攻撃されるのではと恐れつつ自転車を漕ぎ続けると、カラスはいなくなっていたのでした。
しかし、やっぱり残るのは「なんで?」という問い。「なんで?」の前にはいろいろと付きます。まず、私はあんたたちを攻撃してないのに、なんで攻撃してくるん? から始まります。
昔何かで「カラスは黒スーツのおじさんを攻撃する」と見聞きした記憶がありました。私はおじさんじゃないのに、なんで? 年齢とともに性別が曖昧になっていき、おじさんと見なされる何かが、にじみ出ていたのかもしれない。確かに、現実的におじさん化している。悲しい。
ちなみに、「カラスは黒スーツのおじさんを攻撃する」は私の誤った認識のようでした。今調べてみるとそんな情報は出てこなくて。誰かが言った冗談を信じたのかもしれないし、幼いころの都市伝説的なやつなのかもしれません。カラスは多様な色を見分ける力に優れていて、むしろ派手な色を攻撃しやすいそう。
人生であえて経験しなくてもいいと思えるカラス襲撃事件から数日後。人と話す機会があり、笑いをとりたくてそのネタを会話の流れで披露してみました。お相手は笑ってくれて、興味深い情報を教えてくれました。
「6月はカラスの繁殖期にあたって、とくに凶暴化するらしいですよ。だからすごく神経質になっていて、人を襲うこともあるって」
明快な理由。もしかしたらあの黒い塊は、仲間かヒナだったのでしょう。死骸ではなかった可能性が。私がそれに近づいたと思われ、威嚇の対象と見なされたのか。
大袈裟な動作で、演技的でもいいので、黒い塊と距離をとってます風に見せるのが正解だったんでしょうね。そう理解しました。そして、私はカラスからおじさんだと思われたわけではない。知らんけど。
「そのエピソード、書かないんですか? 書いたらいいと思いますよ」
その方に言っていただいたのがきっかけで、こうして今、私は恐怖体験を書き残しています。カラス襲撃事件もネタになったから、よしとするか。いや、よくない。いらない。
経験しなくていいことだと思うので、襲われたくない皆さんはカラスに対して「あんたたちに興味ないよ」という演技を全力ですることをおすすめします。
ただ、今になってカラスの優しさも感じているのでした。攻撃対象を顔じゃなくて頭にしてくれた優しさ。ありがとうカラス。
Text / 池田園子
【関連本】『眠れなくなるほど面白いカラスの話』
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