その日、新しい枕が届くのを心待ちにしていました。
ここ最近、起きると右の首、肩甲骨周りに痛みがあり、既存の枕が合わなくなっているようで。だからこそ、この日に届く通販生活の「メディカル枕」は今夜からの快眠をかけた重要な一品でした。
夕方になっても届かない。怪訝に思っていたところ、知らない番号から電話がかかってきました。
どうやら荷物が間違って別の家に配達されていたとのこと。相手は私の番号を宅配事業者の番号だと思って連絡してきたようでした。
話しているうちに「池田さん本人なんですか?」と確認され、間違いなく私の荷物であることが分かりました。
今夜から使いたい。必死な私は言いました。
「ご近所ですよね? 今すぐ取りに伺いますので、住所を教えてもらえませんか?」
でも、返ってきたのは「個人情報だから教えられません」という一点張り。
相手は荷物についたラベルから、私の本名も住所も知っていて、現物を持っているけれど、私は取りに行くこともできない。
「持ってきていただく、というのは厚かましいお願いになるので、こちらから取りに伺います。荷物をしばらく預かっていただくのも、おじゃまになるでしょうし」
それでも「個人でやりとりするのがそもそも正式なやり方ではないから、それはできません」と相手方。
「(枕、今日欲しい……)近所ですよね?」
「まあ、近所といえば近所ですが……。詳しくは言えません」
こんな問答が続きました。
誤配だと分かっていて、明らかに近所だというのに、ここまで頑なな対応とは。相手に手間や無駄な時間をかけさせたくなかっただけなのに。そして、相手の住所を知ったところで興味もなければ、悪用しようと企む暇もありません。
そういった考えやほかの提案も、個人情報一点張りの相手の心を動かすには至らず、結局、自分で宅配事業者に問い合わせることにしました。私のプレゼン、交渉の技術が拙かったともいえます。
電話口でつながったのはAIの音声システム。問い合わせ理由の振り分けから、配送番号、電話番号まで、すべて声で伝えると対応する仕組みでした。
最後は「調査してご連絡します」と伝えられ、電話は終了。結果、1時間半ほど経って配達担当の方から連絡があり、荷物は無事に届きました。
この一連の出来事から考えたことはふたつあります。
ひとつは、「個人情報だから教えられません」という、確かに正論ではあるけれど、柔軟さを奪ってしまう堅苦しさについて。個人情報を悪用した犯罪に関するニュースが目立つから、警戒する人がいるのも分からなくはないですが。
人の善意を信じる余地は1%もないのか。融通の利かせ方はなかったのか。そう思わずにはいられませんでした。
もうひとつは、AIの存在です。音声はかなり正確に聞き取ってくれたし、手続きもスムーズでした。ただ、やりとりがクローズドクエスチョンだけで進み、有人オペレータにつながる余地がなかったことに不安はありました。この限られたやりとりで、必要な情報をすべて伝えきれているのだろうかと。荷物は回収され、無事届くのだろうかと。
また、問い合わせ窓口の業務について詳しくは分かりませんが、AIが処理した情報を結局人間がチェックして対応する場合、数字的にどれほどの効率化・省人化につがっているのかも気になるところです。自分もAIを使っているだけに興味津々。
ともあれ、新しい枕はその日の夜に使えました。
でも、今も思うんです。「私がもっといい声で話せば、話はもっと早かったかもしれない」と。
Text / 池田園子
【関連本】『快眠の科学』
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