
開業準備もいよいよ大詰めを迎えています。最近は、経営者としての勉強をしたり、非常勤勤務医として在宅緩和ケアに従事したり、採用面接をしたりしながら過ごしています。今日はひとつ、仕事の話をしようと思います。
クリニックの業務を細かく分析していると、どの業務も決して欠かせないものだと気づきます。医師が医療を行うのは当然のことです。しかし、それだけで医療を“届ける”ことにはなりません。たとえば薬を処方しても、在宅の患者さんが薬局まで取りに行けるとは限りません。つまり、薬局との連携も重要な準備事項です。
また、診療報酬の算定ができなければ収入も生まれません。事務作業を自分でこなせないなら事務員を雇う必要があります。そうでなければ医師自身が生活していくことも難しくなります。大きな病院では医療だけに集中できましたが、クリニック経営となると医療以外の業務も、自前で抱えるのか、他の組織と連携するのか、外注するのか、選択していかなければなりません。
こうして言葉にすると大変に感じるかもしれませんが、私は決して「すべての業務が同じ重みだ」とは思いません。経営者はさまざまな業務の取捨選択をしていく必要がありますが、ひとつだけ譲れない軸があります。それは「医療のレベルだけは絶対に落としてはいけない」ということです。
私自身、これまで300名以上の患者マネジメントを行うクリニックで勤務し、それ以上の患者を抱えるクリニックと関わってきました。その中で特に印象的だったのが、医師ひとりに対する1日の診療患者数の多さです。医師の頭数がそのままクリニックの収益に直結する現実があります。
多くの医師を抱えられなければ、ひとりの医師が担当する患者数は必然的に増えます。たとえば、医師ひとりが100人診療するのか、300人診療するのか、これは経営者の意思決定ひとつです。
現場の医師に多少負担をかけても売上が上がれば良しとする経営方針もありますが、そうなると患者家族とのコミュニケーションや問診・診察の質が下がり、検査の乱発も起こりやすくなります。そうなると、そもそも「誰のために」「何のために」クリニックを立ち上げたのか、クリニックの社会的意義が揺らぎます。
私は思います。経営のスタイルは自由ですが、“医療の質”を犠牲にしてはならない、これは絶対のルールです。
過去、ある経営者にこんな質問をしました。「患者がひとりのときと、101人目のときで、あなたの診療の質は同じですか?」
そのときの経営者の表情は今でも忘れられません。もちろん、彼はこう思ったでしょう。「理想ばかりでは現実は回らない」。そして、「勤務医と経営者では視点が違うのは当然」とも。
でも本当にそうでしょうか? 医療の理想を本当に理解しているのでしょうか?
私が知りたいのは、具体的なライン引きです。クリニック医師の業務の限界はどこなのか。理想はどこまでで、現実は何が障壁になっているのか。どうすれば乗り越えられるのか。今はこの水準だけど、あと何年でどこまで到達できるのか。そうした逆算の話を、私はもっと聞きたいのです。
しかし現実は、ほとんどの場面で「発展途上」「今後の課題」と曖昧な言葉だけが並び、具体的な突破策は語られません。多くのクリニックの経営者が追っているのは、突き詰めれば「患者数」ではないでしょうか。もちろん、生活水準を上げるための収入アップは悪いことではありません。ですが、医療の質を犠牲にしてまで行うべきでしょうか?
よくある反論はこうです。「従業員がいる以上、背に腹は代えられない」。その気持ちも分かります。しかし本質は、「優先順位」の問題だと思います。「自分は何屋なのか?」という問いです。
たとえば八百屋で考えてみましょう。野菜は鮮度が命です。売上のために痛んだ野菜を大量に仕入れて「まあ売れるし」と言うようでは、もはや八百屋ではありません。
実際、莫大な利益を上げながら医療の質が著しく低下しているクリニックは山ほどあります。そして、数字を追い求める経営者は、さらに上の富を築いた誰かの後追いをしています。本当にそれが豊かさなのでしょうか。もしそう感じているなら、その感性はもう劣化しているのではないでしょうか。
豊かさとはいったいなんでしょう。少なくとも……と思うのです。目の前の患者に誇れる医療が提供できているか。自分の限界はどこで、どうすれば乗り越えられるのか。その問いに誠実であることが、本当の豊かさなのだと。
クリニックで提供する医療のレベル、限界、その向上のための具体策。それは開業前から綿密に計画しておくべきです。
もちろん、日本には「開業医になるためのトレーニング」という仕組みは存在しません。だからこそ、自分の誇りを持てる仕事を、自分でデザインするしかないのだと思います。
Text / Dr.Taro
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