大文字を見上げた夜

京都で暮らし始めて4カ月。この夏は「京都らしさ」とは縁遠いまま過ぎていった。祇園祭も鴨川の灯りも、観光雑誌に並ぶような賑わいを横目に過ごす。京都の暑さに慣れないし、人混みが嫌いな分、できる限り中心部に近づかず、なるべく静かな日常の中に身を置いていたから。

これまでもそういう季節の伝統行事と交わることなく生きてきた。18歳までは岡山市という地方都市で育ち、そこからは東京に17年、福岡に2年、大阪に1年。地元でもない、賃貸暮らしだから、どこにいても根無草。祭りには馴染まず、博多山笠も結局見に行くことはなかった。伝統の熱気の外側で過ごしていた。

そんな私が暮らす今の街には北野天満宮があり、近くの大北山に大文字が見える。京都では毎年8月16日、お盆の終わりに「五山送り火」が行われる。東山如意ヶ嶽に「大」、松ヶ崎に「妙」と「法」、西賀茂に「船形」、大北山に「大(左大文字)」、嵯峨の曼荼羅山には「鳥居形」。それぞれの山に炎が灯され、闇の中に文字や形を描き出す。お盆にご先祖様の霊を迎えたあと、再び冥土へお送りするための、京都の夏を締めくくる行事。

当日は近所の至るところから、わらわらと人が出てくる。西大路通方面へ歩いていると見られる彼らのあとを追う。大通りにも小道にも、普段はほとんど見かけないほどの人の塊ができていた。人の多さで「ベターポジション」を把握できる。

やがて闇の中に浮かぶ大の字。火が順に灯され形を結ぶ。ひと足早くお盆前に帰省し、墓参りに行ったときのことを思い浮かべ、ご先祖様のことを想った。遠い京都からだけれど。

来年も京都にいたらこの時期、また別の大文字を眺めに行こうと決めた。そして、秋になれば積極的に動き回り「京都らしさ」にどっぷり浸かろうとも。

Text / 池田園子

【関連本】『Hanako 2025年 10月号 [京都の奥ゆき。]

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