AIは「静か」がお好き

日々、AIに大変お世話になっている。メールの下書きや構成・原稿の骨格、表現変更の相談。今や仕事の相棒だ。

こういう自由な文章を書くときも、音声入力をもとにAIへ文章化してもらい、そこから何度もやりとりを重ねて仕上げていく。これは違う、こういう意味、ここはこういうニュアンス……と細かく直していく。そのまま使うことはまずない。だからこそ、気づくことがある。それそれ、と立ち止まる「あるある表現」に。

「構造」「設計」「解像度」などコンサル系のワードは鉄板ですよね。なにかと「」でくくってくるのも、箇条書きでまとめるのもAI的。「」は多すぎるとうるさい。箇条書きは見やすくて好きだけど、いかにもAIだからなあ……。

ここでは、それ以外の鉄板として「静かな」「静かに」を挙げたい。

文章を読んでいて、静か系の修飾語と出くわすと、私の中のセンサーが反応する。おっ、AI出た。

考えてみれば不思議な話だ。日常会話で「静かな喜びです」「静かに問いかける」なんて言わない。少なくとも私は。鳴き続ける猫に「静かにして」と言うくらいかな。書き言葉でも、AI普及以前に「静かに問いかける」「静かな喜びです」なんて目にしたことがあっただろうか。

にもかかわらず、AIに文章を頼むと、「静かな」「静かに」を隙あらば差し込んでくるから困る。

AIは、学習した膨大な文章データをもとに、文脈上自然に読める確率の高い言葉を選んでいる。「静かな」「静かに」を入れると、落ち着いたトーンになるし、汎用的だし、うまく溶け込んで見えるのはわかる。

ただ、こういう鉄板フレーズがあると知っているだけで、AIの文章を眺めるのがちょっと面白くなる。「また入れてきたか」と、ニヤリとなる。

そんなこんなで私は、AIに下書きを頼んだ場合は、「静か」と検索して、できる限り別の言葉に置き換える。あえて残していた時期もある。

もちろん、AI使用が明らかになったところで、今の時代、大した問題にはならない。日本政府は2026年、AIに関連する施策へ1兆円を投資するという報道も出ていたくらいだ。……が、その一部が食料自給率の向上や農業人材の育成にもう少し向けられてもいいのではないか、とふと思ったりもする。シンプルに、食という生存に必要不可欠なものの危機を感じる者として。

ちょっと話が逸れた。言いたかったのは、AIがここまで日常に入り込んでいると、使うのは自然なことですよね、ということ。使う・使わないだと、使う方が効率的だとは感じる。ただ、こういうことはある。昨日までちょっと雑然としていて、誤字脱字もあって、でもそこに書き手らしさが感じられた人の文章が、ある日突然、整然として、なめらかで、「静か」が散りばめられていたら。読む側としては、「ああ、ついに」と思ってしまうのだ。何度も言うように、全然悪いことじゃないんだけど。

AI的なきれい・落ち着きのある文章が溢れすぎると、今度はそれが没個性になる。そして、人間味のある文章、少し崩れのある、ちょっと下手な文章が逆にいいよね、となるのかもしれない。一度AIに書いてもらった原稿を、「人間が書いた風に整えるAI」も登場か? と妄想は止まらない。

「静か」という一語は、AIと人間の違いを示してくれる、ちょっとおかしくて、面白いキーワードだ。約40年生きてきて、ここまで「静か」に注目するのは初めてよ。「静かな人の戦略」本ブームで、ちょびっと注目して以来よ。

……と、ここまで書いて気づいた。この文章自体、話を脱線させるなど、私がかなり手を入れている。流れのいい文章とは真逆に、読みづらくしている。最後に、AI色が出過ぎていないか確認しなければ。

「静か」の検索結果、18件。まあ、この文脈で使うのはやむなしとします。

Text / 池田園子

【関連本】『生成AI時代にこそ学びたい 自分で文章を書く技術

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