PC、スマホを置く。外の情報から距離を取る。そして、自分の内側に向き合う。——たったそれだけのことが、なぜこれほど難しいのだろう。
京都市中京区に「月光観測所」という場所があると知ったのは、最近のこと。実際に「月光町」という名のその地には、江戸時代に天文台があり、月の動きを定点観測することで暦がつくられていたという。その歴史を踏まえ、現代の月光観測所は「自分自身を定点観測する場」として存在している。そんな試みに惹かれ、4月の開催日に足を運んだ。
観測所は時が止まったような路地に佇んでいた。大正時代に建てられた古い町家を生かした空間は、外とは別の時間が流れているようだった。1階にはコの字形のカウンター、2階は内省のためのフロア。参加者には専用のノートが手渡される。内省やそのときに感じたことを書き留めるためのものだ。ノートは持ち帰らず、観測所に保管される。次に訪れたときに再び開く。このノート自体が「自分の定点観測」の記録になる。2年以上のあいだに、100人を超える人がこの場を訪れているという。
月光観測所のオーナーは、TBWA HAKUHODOのCultural Strategist 田貝雅和さんと、メルカリの研究開発組織に所属し、京都市の未来共創チームにも関わる三川夏代さん。それぞれの領域で新たな価値創造と向き合う二人が、京都に拠点を移したのちにひらいた場だ。利用したいときはオーナーに連絡し、都合が合えば開けてくれる。そんなときはセルフ定点観測の日になる。一方、ゲスト回は原則毎月一回、満月の日の次の土曜日午前に行われる。
私が初めて訪れたのはゲスト回だった。前半はゲストの語りに耳を傾け、後半は参加者が一人ずつ2階に上がって内省の時間を過ごす。そして再び1階に降り、その場に混じって対話を重ねる。流れはシンプルだが、そこに流れる時間は毎回まったく違うものになるという。
この回のゲストは、京都市役所の職員でありながら自身の会社も営み、大学で教壇にも立つ伊藤圭之さん。子どもと社会をつなぐゲームを開発する「アソボロジー」を通じて、遊びを媒介に新たな学びと出会いを生み出している。市役所の仕事でも自らの関心を企画として形にするなど、公と民、学と多様な領域を行き来しながら歩んできた人だ。
伊藤さんにとって、やりたいことは一人で完結するものではない。「人との関係性の中でやりたいことをやる」という言葉が印象的だった。人との対話の中で、自分のやりたいことの輪郭が見えてくる。穏やかな語り口の中に、確かな説得力があった。「人が変化する場に立ち会いたい」という言葉も、伊藤さんのあり方を体現していた。
独りよがりではなく、関係性の中で創造する。対話を重ねながら、社会のニーズと接続させていく。その姿勢こそが、伊藤さんの活動の原動力なのだろう。そしてそれは、月光観測所という場が大切にしているものとも、どこか重なっているように感じた。
ゲストが変われば、集まる人たちも変わる。それぞれが異なる背景や問いを持ち寄るからこそ、語られる内容も、そこから立ち上がる会話も、その場ごとに別のものになる。差し出される問いも、返される言葉も、あらかじめ用意されたものではない。その場で生まれていく。偶然が重なることで起きる、いくつもの化学反応。そこに行かなければ出会わなかった人がいて、居合わせたからこそ立ち上がる視点、生まれる言葉がある。その不確かさこそが、この場の魅力なのだと思う。

私は普段、朝にジャーナリングを行い、夜には一日の振り返りを書いている。日記もつけている(いずれも短ければ5分ほどで終わる簡単なもの)。観測所で過ごした時間は違っていた。もっと静かで、もっと深い。自分の内側へゆっくりと潜っていくような時間だった。
忙しさの中では、思考は断片的になることがある。だが、意識的に立ち止まることで、自分の輪郭は静かに浮かび上がってくる。
月を観測して暦をつくった町で、いま人は自分を観測する。変わり続ける時代の中で、自分を見失わないために。月光観測所は、そのための装置として存在しているのだと思う。興味のある人は、オーナーのお二人へご連絡してみてください。
Text / 池田園子
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