ある日の午後、激しい雨が降り始めた。夕方になっても止む気配はなく、外出する気を削ぐような降り方だった。
その夜、フランスパンを食べたかった。ハッシュドビーフとサラダ。それには素朴なフランスパンを合わせたい。近所のベーカリーに行けば手に入る。
けれど、窓の外の雨音を聞いていると、レインブーツを履いてまで出かける気力はどうしても湧かなかった。身体の奥で、今日は玄米ではなくパンだと、決まってしまっている日というのがある。その夜がまさにそれだった。
さて、どうするか。そうだ。フランスパンは無理でも、食事パンならつくれるじゃないか。

簡単なパンなら、もう特別なことではなくなった。ただ、その日は自分で焼くつもりはなかった。あくまで買いに行くつもりだった。フランスパンは、自分では焼けない。
けれど雨が外に行く選択肢を消したとき、手元に別の道があると気づけたことが、少しだけうれしかった。
材料を量り、粉をこねる。強力粉と薄力粉を合わせようとしたところで、薄力粉が少し足りないことに気づいた。代わりにきな粉を使ってみることにした。まあ、大丈夫だろう。焼いてみると、ほのかに香ばしい、悪くないパンになった。
発酵を二度、焼き上げまでおよそ一時間半。とはいえ、そのほとんどはパンが膨らんでいる時間で、そのあいだに私は別のことをしていればいい。仕込みさえ済ませてしまえば、あとは時間がパンを仕上げてくれる。

焼き上がったパンは、理想のフランスパンではない。けれど、「食べたい」と思ったタイミングで、自分の手で用意できたパンだった。
買いに行けないなら、つくればいい。こういうスキルは、生活の中に静かな自由を増やしてくれる。雨のおかげで、気づけたこと。
Text / 池田園子
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