何もしていないのに、満たされる日

日曜日、私とTaroは、素朴な一日を過ごしました。

午後3時過ぎ、自転車で出発。目的地は、京都市北区にある大徳寺。臨済宗大徳寺派の大本山で、家から2kmほどの距離です。

心地よい春風を受けながら、軽く息が上がるくらいの速さで、ゆるやかな傾斜を進む。その時間さえ、すでに気持ちがいい。

大徳寺は、ひとつの寺というより、ふたつの別院と22の塔頭からなる大きな寺域です。これまでそれぞれに訪れたことはあったけれど、その日はふたりで歩きました。自転車を停めたら、あとはただ歩く。

特別拝観や盆栽の展示もありました。でも、その日は中には入らない。門の外から見える景色だけで、十分でした。

門の向こうにのぞく庭。静かに整えられた砂。少しだけ見える緑。「きれい」と言い合う。それだけで、満たされていきます。

40分か、50分か。そのくらい歩いて、そろそろ帰ろうか、となりました。見尽くしたわけでもない。ただ、ちょうどいい、という感覚。

振り返れば、その日は一円も使っていません。大徳寺へ直行直帰。いわゆるノーマネーデーです。

自転車で風を感じて、ゆるやかに体を動かして、並んで歩いて、笑顔になる。言葉は多くなくてもいいし、何か特別なことをする必要もない。

ただ、そこにあるものを、そのまま感じてみる。

家に帰ってからは、それぞれ好きな場所で、好きに過ごしました。ずっと同じ空間にいる必要はないし、無理に何かを共有しなくてもいい。それでも、同じ時間を過ごした、温かな記憶は残る。そんな距離感も、心地よいのだと思います。

地味と言えば、地味な一日です。でも、その地味さの中に、確かな温度がありました。

こういう過ごし方が、こんなにいいものだと思えるようになったのは、いつからだろう。少し前の自分なら、物足りないと感じていたかもしれません。

でも今は、こういう何でもない時間にこそ、手触りのある幸せを感じます。

「また来よう」「今度はあそこも行こう」帰り道に、自然とそんな言葉が出ました。

そのときもまた、同じように特別なことは何もせず、それでも同じように満たされるのだと思います。

Text / 池田園子

【関連本】『スイスの素朴なのに優雅な暮らし 365日

毎日をもっと楽しむヒントをお届けします。
「SAVOR LIFE」では、生活をより豊かにするためのアイデアや情報を発信しています。会員様限定のお知らせや限定コンテンツをニュースレターでお届けします。ご登録ください!