会った瞬間に言えばよかった

三年ぶりに会う友人が、京都に立ち寄ってくれた。

しかも、ただ私に会うためだけに、である。東京での予定のあと、わざわざ京都に寄り、数時間だけ一緒に過ごして、福岡へと帰っていく。うれしさと同時に、驚きがあった。私のために、そんなふうに時間を使ってくれる人がいるなんて、と。離れて久しいのに「会いたい」と思ってもらえることが感動。

久しぶりに会った彼女は、やはり綺麗だった。いや、ますます美しい。年上の彼女に対して、初めて会ったときから「こんなふうになれたらいいな」と思っていたけれど、その気持ちは少しも変わっていない。その日もまた、同じことを思った。

どう見ても、綺麗で、素敵な人。けれど結局、その言葉は口に出せないまま終わってしまった。聞きたいことが多すぎて、彼女の話に夢中になるうちに、褒めるタイミングを逃してしまったのだ。別れたあとで、ああ、言えばよかった、と小さく後悔する。

思い出したのは、東京時代にお世話になっていた、とある会社の元会長のことだった。あの方は、女性を褒めるのが自然で、スマートだった。会った瞬間に、さらりと言う。「今日も綺麗だね」「センスがいいね」と。どれもかろやかで、嫌な感じが一切ない。誕生日や季節の節目にも、温かなメッセージをくれるような方で、気遣いというものを体現していた。

私は、その「最初の一言」を持ちそびれてしまった。会話が始まれば、話題は次々に流れていく。盛り上がるほどに、タイミングは遠のいていく。そして、気づけば言いそびれる。だからこそ、会った瞬間がいちばん素直で、いちばん伝えやすいのだと思う。

それにしても、なぜ彼女はあんなにも綺麗なのか。考えてみると、理由はいくつも思い当たる。彼女は、いつも何かを学んでいる。それを自分の中に留めるだけでなく、仕事にしたり、人にシェアしたりしている。インプットとアウトプットが、滞りなく循環しているのだ。

情報や感情が滞らず、流れている人は、かろやかで爽やかだ。頭も心も風通しがよく、そこに、身体を動かす習慣も加わる。つまり、頭と心と身体、そのすべてがバランスよく動いている。どれかひとつではなく、全部が少しずつ整っている。

そういう人は、老けない。というより、時間の影響を受けにくいのだろう。内側の充実が、そのまま外側ににじみ出ている。

私は、学び続ける人が好きなのだ。そして、その在り方に、美しさを感じている。

だからこそ、なおさら思う。あのとき、言葉にして伝えればよかった、と。「相変わらず綺麗だね」と。彼女にとっては、愛妻家の夫から連日言われているような言葉ではあるが、関係性の違う私からも言っときたい。

次に会うときは、必ず最初に言おう。思ったことは、そのまま、すぐに。

Text / 池田園子

【関連本】『わたしの言葉から世界はよくなる

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