文章を読んで、その人への印象が更新される瞬間がある。
天野夏海さんと、その友人の横川良明さんが書いた一冊、『SPILL THE TEA 人生に飽きそうになったから人の話を聞いてみた』を読んだ。タイトルの「SPILL THE TEA」は、「ぶっちゃけ話をする」といった意味のスラングらしい。収録されているのは、4人の一般女性のインタビューだ。母娘の確執、不倫、宗教、男性依存といったテーマを背景に、それぞれが自分の生き方を選んできた、その過程が語られている。
最初に感じたのは、軽い驚きだった。
私はこれまで、夏海さんに対して「ビジネス寄りの書き手」という印象を持っていた。実際に、うちの会社でも企業向けの記事制作をお願いしたことがあるし、硬質なコンテンツを制作する人だと思っていた。だからこそ、この本を開いたとき、その印象はいい意味で裏切られた。
こんな作品を書く人だったのか、と。
夜遅くに読み始めたはずなのに、ページをめくる手が止まらない。夜更かしは良くないと頭ではわかっているのに、それでもやめられない。

取り上げられている4人の女性たちは、いずれも少し尖った背景を持っている。どれも人の関心を引くテーマではある。でも、読み終えたあとに残るのは、その題材の強さではなかった。
なぜ、その人はそうなったのか。どんな経緯で、その選択にたどり着いたのか。そして今、どうなのか。
夏海さんはそれを、余計な色をつけずに、淡々とした態度で描いていく。適切な距離感をとり、絶妙な立ち位置を保ちながら、フラットに書いている。そんなスタンスの文章は、私にとってとても心地よく読めるものだった。
本人と話す機会があった。これまで、経営者や役員、分かりやすい何かを成し遂げた人たちへのインタビューを数多く重ねてきたけれど、最近は、そうではない人たちの話をもっと聞いていきたいと思っている、と夏海さんは言った。
例えば、表に出てこない人。企業の広報記事には登場しない人。けれど、確かに生きている一人ひとり。
そうか。ああ、この本は「夏海さんのやりたいことそのものだったのだな」と腑に落ちた。そして同時に、私は思う。それを読みたい、と。
有名な人のインタビューは、世の中にごまんとある。けれど、名前のない誰かの人生は、形になりづらい。けれどそこには、選択があり、葛藤があり、その人なりのキャリアや生き方がある。
そういうものを、真摯にすくい上げる文章を読みたい。
エスノグラフィー、のようなもの。誰かの生活や価値観を、その人の内側から描き出していくような営み。
そして何より、この本を通して私が受け取ったのは、「人は一面ではない」という、あたりまえで、でも見落としがちな事実だった。
夏海さんは、ビジネス記事を得意とする人であると同時に、こんなにも深く、美しく、人の内側を引き出せる書き手だった。
その別の一面に触れたとき、大きな豊かさに包まれた気がした。人を知るということは、その人の知らなかった面に出会うことなのだとも思う。
だからこそ、私はもっと読みたい。夏海さんの言葉で、まだ語られていない誰かの人生を。
***
夏海さんの文章はもちろんだけれど、横川さんの文章もとてもよかった。
もし少しでも気になったなら、『SPILL THE TEA 人生に飽きそうになったから人の話を聞いてみた』、ぜひ手に取ってみてほしい。
Text / 池田園子
【関連本】『SPILL THE TEA 人生に飽きそうになったから人の話を聞いてみた』
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