ピザは、室内で食べるもの。そんな思い込みがあった。
家の中で食べるか、店の中で食べるか。いずれにしても「どこか建物の中」で食べるもの。外で食べるという発想は、これまで一度も持ったことがなかった。
私の中での選択肢は、ずっと三つだった。
イタリアンのお店で食べるか、宅配ピザを頼む(もしくは自分で取りに行く)か、あるいはこの数か月で加わった、自分でつくって家で食べるか。そのどれか。それが当たり前で、それ以外の場所を考えたことがなかった。
そんな前提が揺らいだのは、Taroとの何気ない会話だった。ポストに入っていたピザのチラシを見ながら、「久しぶりに宅配ピザ、食べたいね」と話した、そのとき。
ちょうど気候のいい時期だった。京都の春っていいなあ、と思っていた。
その流れで、「あ、これ、外で食べたらいいんじゃないか」って。
ほとんど反射に近い発想だった。
私たちは宅配ピザを配達してもらうことはほとんどない。取りに行けばお得になるからだ。だったら、取りに行ったその足で、外で食べたらいい。ピクニックみたいにすればいい。
ピザはいつものように徒歩圏内の店でテイクアウトし、飲み物は家から持っていく。段取りはそれだけ。
最初は公園を思い浮かべていたけれど、当日もっといい場所を発見した。紙屋川沿いの、腰かけられる場所。川の音が静かに流れている、とっておきの場所だ。

どこか分かる人、いるかも
店でピザを受け取り、そのまま階段を降りる。ほんの一分ほど。たったそれだけなのに、これまでのピザとはまるで違った。
熱々だった。
これまで食べていたピザは、宅配でもテイクアウトでも、当然ながら一定の時間が経っていたのだと、そのとき初めて気づく。ほんの10分、15分でも、熱の伝わり方は変わる。

今回のピザは、ほぼできたてだった。箱を開けた瞬間の湯気も、手に伝わる熱も、そのまま。ひと口食べると、びっくりするほど素直においしい。熱い物は熱いうちに、が最高なのは間違いない。
そして、そのおいしさをさらに引き上げていたのが、場所だった。
川の音を聞きながら、風を感じながら、外でピザを食べる。ただそれだけなのに、とてつもなく満たされる。
同じピザでも、どこで、いつ食べるかで、こんなにも体験は変わるのかと思う。
春や秋の、外で過ごすのが心地いい季節は、悲しいくらい短い。だからこそ、こういう選択肢は、今のうちに楽しんでおきたい。
ピザを外で食べる。ピクニック気分を味わう。ただそれだけのことなのに、思っていた以上に、いい時間だった。
Text / 池田園子
【関連本】『Life is a Picnic』
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