先日、友人の家に遊びに行きました。友人は、自分でも「ものが多い」と感じているようで、特に服を少しずつ減らしていきたいとのこと。そこで、クローゼットを見せてもらいながら、一緒に服を見直す時間を過ごしました。
といっても、私が「これは手放すほうがいい」と判断するわけではなくて。ただ、友人が自分で考えやすいように、いくつか問いを投げました。
「これ、最後にいつ着た?」
「これは、こっちの服と雰囲気が似ているように見えるけど、どう思う?」
「最後に着たの三年前なのね。また着たいと思う?」
そんなふうに質問を重ねていくと、友人は「手放す服」と「残す服」を分けることができていました。
その様子を見ながら、私はとても新鮮な気持ちになっていました。
友人は、本当にたくさんの服を持っていました。昔の私も服は多かったほうですが、それよりもはるかに多いと思うほど。でも同時に、服が好きな人にとっては、その一枚一枚の違いに意味があるのだろうなとも感じました。
少しだけ形、色味、デザインが違う。合わせる服によって、雰囲気が変わる。今日の気分に合う服がある。
服が好きという気持ちは、持っている枚数が多いか少ないかだけでは測れません。たくさん持つことで楽しめる人もいれば、少ない服を頻繁に着ることで満たされる人もいる。どちらが正しいという話ではなく、その人にとって心地よい距離感があるのだと思います。
一方で、今の私はこんな考え方です。「必要? 不要? どっち?」
たとえば一週間は七日。そのうち洗濯を何回するのか。二日に一回洗濯するなら、何枚あれば足りるのか。そう考えると、「必要な枚数」は簡単に導き出せます。
夏であれば、Tシャツは意外と枚数が必要です。あくまで私の例ですが。
夜はパジャマ代わりにTシャツを着ます。朝起きたら、それを着替えます。日中に外出して、汗をかいて帰ってきたら着替えます。つまり一日に最低二枚、場合によっては三枚、四枚着ることもある。
そう考えると、二日に一回洗濯をするなら、夏のTシャツは八枚くらい必要。そんなふうに、実生活から必要数を考えるようになりました。
「いろんな色のパンツを持っておきたい」
「この服に合わせるために、これも残しておきたい」
「いつか着るかもしれない」
以前なら、私もそう考えていたかもしれません。でも今は、そこにあまり引っ張られなくなりました。
日常で使うもの。
自分の生活に必要なもの。
その基準で見ていくと、ものを持つこと、管理することはずいぶん簡単になります。
「なぜ自分はこんなふうに考えるようになったんだろう」と振り返ってみると、最近学んでいるお釈迦様の教えと重なっているように思います。
ここでのテーマと関係するのが、「私の」という感覚が苦しみを生む、という考え方です。
「私の服」「私のバッグ」「私の部屋」「私のもの」。そうやって、何かに「私の」とつけた瞬間、人はそこに執着しやすくなるのだといいます。
これは私が買ったものだから。これは高かったから。これは思い出があるから。これはまだ使えるから。これは私のものだから、手放したくない。
もちろん、ものを大切にすることは悪いことではありません。思い出のあるものを残しておくことも、暮らしを豊かにしてくれる場合があります。
けれど、「私の」という感覚が強くなりすぎると、ものを持っているはずなのに、いつの間にかものに縛られてしまうことがあります。
クローゼットに服がぎっしり詰まっている。でも、着たい服が見つからない。たくさんあるのに、なぜか満たされない。手放したいのに、手放せない。
それは、服そのものの問題というより、「私のものだから持っておきたい」という執着が、心を重くしている状態。
欲しいか、欲しくないか。好きか、嫌いか。まだ使えるか、使えないか。
そういう基準ももちろんあります。でも、それだけで考えると、ものはなかなか減りません。欲しいものはいくらでも出てくるし、少しでも好きな部分があれば残したくなるし、使えるものはたいていまだ使えるからです。

だからこそ、私は「必要かどうか」で考えるようにしています。
今の生活に必要か。今の自分に必要か。これがあることで、暮らしが楽になるか。これがなくても、特に困らないのではないか。
そう問いかけると、答えは自然と見えてきます。
必要なものは、残せばいい。必要ではないものは、手放してもいい。
そこに「私のものなのに」という感情を強く乗せすぎないほうが、たぶん楽に生きられるのだと思います。
友人のクローゼットを一緒に見ながら、私は服の多さについて考えていたようで、実はものとの関係について考えていました。
服が好きな気持ちは、否定しなくていい。たくさん持っていた時期も、間違いではない。
でも、今の自分に必要なものは、今の自分が決めていい。
「いるか、いらないか」ではなく、「欲しいか、欲しくないか」でもなく、「必要か、必要ではないか」。
この問いを持っているだけで、暮らしも心も軽くなるように思います。
クローゼットの中を見直すことは、単に服を減らす作業ではありません。自分が何を大切にして、何に縛られていて、これからどんなふうに暮らしたいのかを見つめ直す時間なのだと思います。
Text / 池田園子
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