遺していけないものを、増やしたい

先日、知り合いのお宅にお呼ばれしてきました。

その方は事前に「ものが多くてお恥ずかしいのですが」とおっしゃっていました。そう聞いた瞬間から、私の想像力は勝手に走り始めます。ものが多いにもいろいろあるけれど、どういう系の部屋だろう。ちょっと怖い。いろいろと余計なことを考えながら、でも笑顔でチャイムを押しました。

実際に伺ってみると、とても素敵なマンションで、見た目はきれい。ひと安心です。

ただ、たしかにものは多いお部屋でした。食器、過去に集めたもの、思い出の品。一部のものについての説明を聞くと、その方がそれらを本当に好きで集めてこられたのだろうと感じました。ものが多いというより、その人の時間が積み重なっている部屋なのだと思いました。

好きなものを見つけること。手に入れること。そばに置くこと。そこには、その人なりの喜びがあります。だから、ものが多いことそのものに、良い悪いはありません。

ただ、その部屋にいるあいだ、私は自分の最期のことを考えていました。

いつか自分がいなくなるとき、私の持ちものはどうなるのだろう。おそらく、生きている誰かが片付けを引き受けてくれることになる。その人が、収納を開けるたびに「なんでこんなに……」とつぶやくことになったら——。それはかなり申し訳ない。

私自身にも、ものが多かった時期があります。欲しいと思ったものを買い、好きなものを集め、手元に置くことで満たされていた時期。でも、あるタイミングで、できるだけ多くは持たないと決めました。少しずつ手放していくうちに、ものへの執着は以前よりも弱くなっていきました。

「私のもの」と思うと、途端に手放せなくなります。「私の」と名前をつけた瞬間、それはもうただのものではなくなる。思い出や感情や、過去の自分まで貼りついてしまって、捨てようとするたびに「でも……」と言い訳を考え始める。

だから最近は、あまり「私の」と思いすぎないようにしています。

ものそのものではなく、誰かと過ごした時間や交わした言葉、あの日見た景色、読んだ本の余韻、ひとりや誰かと観た映画のラスト、そこで得た何か。そういう形のないものを、頭の中に抱えていたい。形のないものは、誰かに片付けを頼む必要がないですからね。

できるだけ身軽でいたい。ただ、「身軽でいたい私」に執着しているのかもしれないけれど。

ものを増やすことよりも、思い出を増やすことに、これからの時間を使っていきたい。

あの日、たくさんのものに囲まれたお部屋で、そんなことを思っていました。笑顔で相槌を打ちながら。

Text / 池田園子

【関連本】『持たない暮らしのすすめ

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