目を瞑る、という習慣

目を瞑ることに、これほど価値があるとは知らなかった。

まぶたを下ろす。視界を閉ざす。たったそれだけのことです。けれど最近、その小さな行為が、思っていた以上に自分を休ませてくれると気づきました。

きっかけは、横川良明さんのZINE『うつ未満 病気ではないけど心がしんどいあなたのための本』を読んだことでした。

うつ未満——病院にかかるほどではない、とはいえ元気だとも言い切れない。毎日の仕事も生活もなんとか回せているけれど、心のどこかはずっとしんどい。そんな状態を、横川さんはうつ未満という言葉で表現しています。

その中に、「目を瞑る」というエッセイがありました。

横川さんは、生活のサイクルが大きく乱れていた時期があったそうです。早朝5時まで原稿を書き、少し仮眠をして、朝8時からまた仕事に取りかかる。時に徹夜もある。かなりハードな日々です。

睡眠不足ももちろん気になる。けれど、それ以上に問題だったのが眼精疲労だったといいます。目が充血していると、それだけで疲れている印象が出てしまいます。「寝ていないのかな」「体調は大丈夫かな」と、周囲からも心配される。目のコンディションは、その人の疲れを正直に映すものです。

そのエッセイの中で、横川さんはある俳優の話を書いていました。その人は、忙しい時期に一日の睡眠時間が十数分しかなかったことがあるそうです。眠る時間を捻出できない、超過密スケジュール。そんなときにしていたのが、「目を瞑る」ことだったといいます。

眠るわけではありません。ただ、目を瞑る。

それだけで、体力が少し回復する感覚があったそうです。横川さんもそれを参考に、一分ほど目を瞑ってから開けるようにしたところ、目の疲れだけでなく、心まで少し休まったと書かれていました。

その文章を読んでから、私も「目を瞑る」を小さな習慣として取り入れるようになりました。

私たちは、あまりにも多くの情報を目から受け取っています。耳で聞く音も、鼻で受け取る匂いも、肌で感じる温度もある。けれど、日常の中でいちばん大量の情報を運んでくるのは、やはり視覚です。

目を開けているだけで、いろいろなものが入ってきます。机の上のもの、画面の文字、スマートフォンの通知、部屋の明るさ、人の動き、そこに置いてあるもの。意識していなくても、視界にはいつも何かが流れ込んでくる。

そんな大量の視覚情報を、ただ目を瞑るだけで、一気に遮断できるのです。

まぶたを下ろすと、世界は暗くなります。聞こえる音は残ります。体に触れる空気の温度も残ります。でも、情報量は明らかに減る。その瞬間、頭の中にあったざわざわが、少しだけ遠のきます。

ああ、目を瞑るだけで、こんなに静かになるのか、と。

私は仕事柄、画面を見る時間が長いです。睡眠は取れていても、目だけが妙に疲れてしまうことがある。もう目を開けていたくない、辛い、と感じるときもあります。そんなとき、数十秒でも目を瞑るようにしています。一分あれば十分です。目の奥にあったぐるぐるが、ちょっとだけ落ち着く。

最近は、ジムでも目を瞑るようになりました。

私は週五〜六回、ジムに行っています。トレーニングのセットとセットの間、以前は目を開けたまま呼吸を整えていました。でも、目を瞑ってみると、感覚が変わりました。

視界からの情報がなくなる分、自分の身体に意識が向きやすくなります。呼吸がどのくらい深いのか。心拍がどう変化しているのか。さっき使った筋肉に、どんな余韻が残っているのか。目を開けていると外に向かっていた意識が、内側に戻ってくる。

特別な場所も、道具もいりません。仕事の合間、窓のそばで風を感じながら目を瞑る。ストレッチをしながら数十秒だけ視界を休ませる。ただ座っているときに、まぶたを下ろす。それだけでいいのです。

「休む」というと、まとまった睡眠や休日を思い浮かべがちです。もちろん、それらは大切です。でも、日常の中に、もっとささやかな休息を挟んでいく。

目を瞑ることは、その最小単位の休息です。

何かを足すのではなく、情報をひとつ減らす。ただ、視界を閉じる。すると、ノイズは少なくなります。そして、自分の内側の感覚が戻ってきます。

目を瞑るだけでいい。それだけで、世界は少し静かになる。

Text / 池田園子

【関連本】『うつ未満 病気ではないけど心がしんどいあなたのための本

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