仲のよい友人が引っ越すことになり、「これから土日をどう過ごせばいいのだろう」と書いている方のコラムを目にした。
友達が遠くへ行ってしまうというのは、ただ「会う場所が変わる」ということではない。これまで当たり前のようにあった週末の予定や、気軽に声をかけられる距離感や、日常の中にあった小さな楽しみが、少し遠くなってしまうということ。それを寂しいと感じるのは、自然なこと。「また会えばいいじゃない」と簡単に言えるものでもないし、「新しい友達をつくればいい」とすぐに切り替えられるものでもない。
……もし自分だったらどうするだろう。そんなことを、少し考えてみた。
その人はきっと、休日に誰かと過ごしたいのだ。だとすれば、まず人と出会う場所へ行ってみる、というのがひとつの出発点になるかもしれない。友達がほしいなら、友達ができるかもしれない場所に身を置く。とても単純だけれど、まずはそこからしか始まらない気がする。

一度会っただけで友達になれるわけではないし、そんな確率は高くない。だからこそ、出会いの母数を増やしていく必要がある。ただ、いわゆるビジネス交流会のような場は種類が違う気がする。どうしても仕事上の利害が前提になりやすいから。友達をつくりたいなら、もっとローカルで、ビジネスの匂いがしない場所がいい。地域の人がゆるやかに集まる場。目的はビジネスではなく、ただそこに人がいて、話が生まれる。そういう場所が、入り口になる。
仮に、土日に一度ずつそういう場所へ行くとする。月に四週間あれば、最低でも八回、人と出会う機会ができる。八回行ったから八人友達ができるわけではないけれど、家にいて「どうしよう」と考えているだけでは起こらないことが、外に出れば起こるかもしれない。セレンディピティ、というものがあると私は思っている。
イベントの多い街なら、広場でフェスのような催しが開かれていたり、個人のお店が出店していたりすることもある。そういう場に行って、たとえばお菓子を一個、ドリンクを一杯買ってみる。お店の人と少し話してみる。そこで終わりにしないで、後日そのお店を訪ねてみる。「あのイベントの日に立ち寄った者です」と挨拶して入れば、また話が続くかもしれない。そうやって、一つの点を細い線にして、少しずつつなげていく。
公開講座もいい。自分の興味がある分野の場に行けば、同じ関心を持つ人がいる。いきなり友達になるわけでなくても、「この人とは話が合いそうだ」と感じられる出会いがあるかもしれない。
近所のお店に入ってみるのも、けっこういい入り口になる。以前、福岡に住み始めたとき、散歩していて気になる飲食店を見つけた。通っているうちにマスターと話すようになり、イベントにも顔を出すようになり、気づけばマスターの奥さんと友達になっていた。最初はいち客だったのに。そんな例は他にもあった。お店から人間関係が広がることは、十分にある。
友達は、勢い込んで「つくろう」としてできるものではなく(「つくろう」と決めたら容易くつくれる人もいるかもしれないけれど)、こういう小さな接点の積み重ねの先に、気づけばできていることが多い。だとすれば、動き続けることに意味がある。
もちろん、友人が引っ越してしまう寂しさが、すぐになくなるわけではない。その悲しみは、そのままあっていい。
ただ、悲しみを抱えたままでも、また誰かに会いに行くことはできる。そして新しい場所や人に出会うことが、自分の世界を終わらせるどころか、少しずつ広げていくことにもなり得る。
自分だったら、そんなふうに、次の土日の過ごし方を探してみるつもり。
Text / 池田園子
【関連本】『友だちってなんだろう?:ひとりになる勇気、人とつながる力』
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