先日、あるSNSの投稿が目に止まりました。
知人が久しぶりに友人たちと話す機会があったそうで、その場でそれぞれの近況を聞いているうちに、「みんないろいろやっていてすごいな。自分は何もしていないな」という気持ちになった、と書いていたのです。
読んで、私はしばらく考えてしまいました。
なぜ、比べに行くのだろう、と。
とはいえ、比べてしまうこと自体は、人間としてごく自然な反応だと思います。誰かの話を聞けば、自分と重ねてしまうのは仕方がない。でも、その先の話です。全員がそれぞれ違う過去を生きてきて、違う今があって、違う仕事や環境の中にいる。まったく同じ条件の人間など、どこにもいないわけで。そもそも比べようのない話を、なぜわざわざ「自分の負け」として受け取りに行くのか。
「他人と比べるより、過去の自分と比べよう」というのは、よく聞く助言です。昨日より今日、去年より今年、少しでも前に進んでいることに目を向けよう、と。これはたしかに的を射ています。
でも私が言いたいのは、もう少し手前のことです。
自分の気持ちを楽にするか、苦しくするかは、自分で選べる。

友人たちの近況を聞いたなら、そこから「自分はだめだ」という結論を引き出すことも、「おもしろそう、参考にしてみよう」という発想につなげることも、どちらも可能なはず。あの人はそうやって動いているのか、じゃあ自分もこの部分だけ真似してみようか。そんなふうに、誰かの話をヒントとして受け取る方法だってある。
それなのに、なぜか苦しい方へ、自分を傷つける方へと、材料を運んでしまう。
自分は至らないと捉える思考の癖があるか、無意識のうちにそうなってしまうのでしょう。でも、無意識だとしたら、なおのこと、一度立ち止まって気づけたら楽になるのに。
誰かと会って話した時間は、自分を責めるための材料じゃない。
楽しい気持ちになれる方を、意識して選んでいい。自分を傷つける方向にわざわざ舵を切らなくていい。そんなシンプルなことを、忘れないでいてほしいと思っています。
Text / 池田園子
【関連本】『心配しないこと』
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