5月半ば、算命学の鑑定を受けました。
お願いしたのは、算命学鑑定士の青豆さんです。青豆さんと知り合ったのは10年以上も前。とはいっても、深い交流があったわけではありません。一度、取材をさせていただき、「素敵な人だな」と感じ、その後もSNSでつながっていて、ときどきその様子を覗いていた程度の、細くてゆるいつながりです。
それでも私は、青豆さんの発信やあり方を、どこかで気にかけていました。いつか、またお会いしたいなと。
私が出会った頃、青豆さんは今とは別のお仕事をされていました。ご自身がコミットする分野でナンバーワンになるような方でした。やはり、普通ではないんですよね。ひとつの分野でトップになる人には、独特の強さと深さがある。
その後、大学に進まれ、さらに学びを重ねられていく姿も見ていました。ある場所で突き抜ける人は、別の場所でも確かに積み上げていくのだなと思いました。そういう姿を見ていたからこそ、青豆さんが算命学の鑑定枠を出されているのを見たとき、「お願いしたい」と思いました。それまで既存クライアントで埋まっていて、なかなかチャンスもなかったため、なおさらです。
算命学は、生まれた年、月、日をもとに、その人がもともと持っている宿命を見ていくものです。ここでいう宿命とは、自分が生まれながらに持っている性質や役割、エネルギーの使い方のようなものなのだと解釈しています。
算命学には、大きく二つの見方があります。「陰占(いんせん)」と「陽占(ようせん)」です。陰占は、もともと与えられた運勢。宿命の部分です。一方の陽占は、その宿命をどう消化していくか、具体的な生かし方を教えてくれるもの。元々持っているものは何で、それをいつ、どう使えば才能として発揮できるのか、というところを見てくれます。だから、この二つを合わせて読むことが、人生と主体的に向き合っていくための設計図のようなものになるのだと思います。
青豆さんは算命学に関して、noteで発信されています。その中の言葉をひとつ、引用してみます。
宿命にないものを目的にしてしまうと、どこかに無理が来る。たとえば、財の星がない人がお金を目的にしたり、名誉の星がない人が名誉を求めたりすると、頑張っていても宿命から外れていってしまう、という考え方です。青豆さんは、そうした状態を「宿命の未消化」と表現されています。
この考え方は、鑑定中にもお話しいただいたのですが、私はとても腑に落ちました。
生きていると、ないものねだりをしてしまうことがあります。あの人のようになりたい。あの人の才能がほしい。あの人のやり方を真似したい。
もちろん、人の良いところを学ぶことは大切です。でも、自分にあるものを伸ばさないまま、誰かの形だけを追いかけてしまうと、自分の本来の道から少しずつ離れていく。
逆に言えば、「ないものは使えない」ということは、「自分の宿命にあるものを使いなさい」ということでもあります。
自分に与えられたものを知り、それを現実の中で使っていく。欠けているものを嘆くのではなく、あるものを最大限に生かしていく。

算命学とは、自分をどう使って生きるかを考えるための学問なのだと感じられます。
今回の鑑定では、これまで別の機会に聞いたことのある要素もありました。でも同時に、青豆さんの言葉だからこそ、すっと入ってくるものもありました。
事前に丁寧な書面を送ってくださり、当日も2時間ほどかけて、こちらの質問に一つひとつ答えてくださいました。その時間全体が誠実で、温かく、とても深いものでした。
鑑定を受ける前、私は「自分は何のために生きているんだろう」「今世での私の使命ってなんだろう」と考えていました。何か深刻に思い詰めていたわけではありません。ただ、生きる目的のようなものを、改めて考えていたのです。
お釈迦さまの教えだと「意味なんてない」と言われることも。それもひとつの考え方です。意味を求めすぎるのは違う。
一方で、私は「善く生きたい」と思っています。少しでもましな人間になりたい。人格を高める生き方をしたい。
そして、もうひとつ思うのは、自分がこの世に持ってきたリソースを、できるだけ生かして生きたいということです。
自分に向いていないことを無理にやろうとすると、やっぱりどこかでうまくいかなくなる。努力が足りないというより、エネルギーの流れが滞ってしまう感じがある。
逆に、自分に合っていること、自分が本来やるべきことに近いことをしていると、同じ努力でもエネルギーが巡っていく。
自分は何をすると自然に力が出るのか。
どこに向かうと、自分を生かせるのか。
何を大切にすると、自分の人生が整っていくのか。
算命学の鑑定は、その問いに対するひとつの手がかりになりました。
この鑑定を受けて、自分の人生を「自分に与えられたものを使えているか」という視点で見るようになりました。
自分にあるものを使っていく。自分の宿命を消化するように生きる。
それは、自分のエネルギーを滞らせずに巡らせ、充実感を持って過ごす生き方なのだと思います。
これは、自分の宿命を消化する生き方だろうか。
この行動は、自分自身を生かしているだろうか。
私は、あるものを使えているだろうか。
そう問い直すための軸をもらった気がしました。
私にとって、社会に対して、自分をどう使うかを考える時間だったのだと思います。
そして、その時間を青豆さんに伴走してもらえたことも、とても大きかったです。
10年以上前に出会い、細く、ゆるく、それでも切れずにつながっていた人。ずっと「この方はすごいな。素敵だな」とポジティブな感情をもたらしてくれていた人。そんな人に、自分のコアを見てもらう。
鑑定を受けたという以上に、これまでの縁が再びつながり、そのことに感謝できた時間でもありました。
長所があれば、欠けているところもある。だからこそ、善く生きるためには、自分に与えられたものを知り、それを生かそうと努めること。
青豆さんによる算命学の鑑定は、私にとってそのための大切な材料になりました。ご興味がある方は、青豆さんのnoteを読んで見てください。
Text / 池田園子
【関連本】『自分が源泉』
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