植物を育てていると、支柱が必要になることがある。ホームセンターに行けば緑色のプラスチック製の支柱がいくらでも並んでいる。買えば早い。
でも、ちょっと待って。買わない方法はある?
支柱を買うことは、「もの」をひとつ増やすことでもある。そしてプラスチックは、役目を終えたあとも簡単には消えない。使わなくなっても、半永久的にこの世界のどこかに残り続ける。
それはいや。じゃあ、代用だ。
そこで思い浮かんだのが木の枝だった。
道端を歩いていると、風で折れたのか、小さな枝が落ちていることがある。普段は気にも留めない。けれど支柱を探しているときには、まったく違って見えた。
ある日、ちょうどよさそうな一本を持ち帰ってみた。まっすぐすぎなくていい。少し曲がっていても、太さが一律でなくてもいい。むしろ、その不完全さが自然で、植物と合っている気がした。

鉢に挿して、茎をそっと支える。何の問題もなく、支柱として確かに機能している。これはいい。
植物を支えるために、かつて植物だったものを使う。道端に落ちていた枝が、今度は別の植物を支える。そこには無理がない。
プラスチックの支柱を買えば、少額でもお金がかかる。使い終わったあとも残る。木の枝はただで、いずれ土に還っていく。すぐになくなるわけではないけれど、自然の循環の中にある。
「買わなくてもよかった」と感じる瞬間が、けっこう好きだ。それは節約というより、暮らしを探究する感覚に近い。必要なものが出てきたとき、すぐに商品を探すのではなく、今あるものを見渡してみる。考えてみる。道端の枝を、ただの枝ではなく、植物を支える道具として見てみる。使ってみる。
そんなアプローチをしていると、世界の見え方が変わってくる。ものは、買うだけが手に入れる方法じゃない。用途だって、最初から決まっているわけじゃない。道端に落ちていた枝も、見方を変えれば役割を持つ。
今、鉢の中でその枝は、植物を支えてくれている。それを見るたびに、いい選択だったな、と思う。大げさな話じゃない。でも、暮らしの中のこういう小さな判断に、自分の考え方は結構出る。
ものを増やさない。買わずに、今あるもので考える。いずれ自然に還っていくものを選ぶ。
ただの木の枝が、植物の支柱になる。それだけのことなのに、自分がどう暮らしたいのか、ちょっとだけ表れている気がする。
Text / 池田園子
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