「小さな幸せ」は小さくない

日々の暮らしの中で、「恵まれているな」と思う瞬間がたくさんあります。

一般的には「小さな幸せ」といわれるようなものかもしれない。けれど、それは決して小さなものではないと感じるようになりました。むしろ、そんな何気ない出来事の一つひとつこそが奇跡であり、今の自分を支えてくれている大きな幸せだと思うのです。

金曜日の夜、Taroと焼き鳥屋さんに行きました。

その週、Taroが「焼き鳥食べたいなァ」と言い、私も「久しぶりに食べたい」と応えていました。予約をし、金曜日の仕事終わりに向かうことに。運動がてら、私は家からお店まで走って行くことに。四条大宮付近。片道3.5kmというちょうどいい距離。仕事を終えて、そのまま走り出す。身体を動かしながら目的地へ向かう時間も、気持ちのいいものでした。

お店のある後院通でTaroが私を見つけて、そこからは一緒に歩きました。この通りはラーメン激戦区。Taroが「あそこはTaro前に行った。ここはまだ行ったことない」と言い、「じゃあ焼き鳥は控えめに頼んで、あとでラーメン行こう」と提案しました。

焼き鳥店では、〆は頼まずに焼き鳥と一品料理だけ。そのあとラーメン店で締めました。お腹いっぱいになったのですが、その流れ自体がとても楽しかったのです。

金曜日の夜に、Taroと二軒はしごする。それだけのことかもしれません。でも私にとっては、満たされる出来事でした。走ってお店に向かったこと。途中でTaroと合流できたこと。焼き鳥が美味しかったこと。二人とも初めてのラーメン店に入ったこと。そのすべてが満足につながっていました。

その日は、他にも嬉しいことがありました。

夕方、最近知り合った方から連絡があり、「中華まんじゅうは好きですか」と聞かれました。私は嫌いなものがないので、素直に「好きです」と答えると、「つくりたてなので、よければ」と、私が家を出る準備をしているタイミングで、わざわざ届けに来てくれたのです。そのこともまた、じんわりと心に残る出来事でした。

振り返ってみると、その日は特別な一日というより、いくつもの温かな出来事が重なった一日でした。けれど、その一つひとつが私にはとても大きく感じられたのです。

美味しいものを食べられること。誰かと一緒にお店に行けること。誰かが手づくりのものを届けてくれること。走れる身体があること。笑い合える相手がいること。

どれも当たり前のようで、当たり前ではありません。

そしてその幸せは、自分が健康でいるからこそ成り立っているものだと思います。身体が動くこと。食事を美味しいと感じられること。誰かに会いに行けること。仕事ができること。周りの人たちが健康でいてくれるからこそ、一緒に食べたり、話したり、笑ったりできること。

小さな幸せに見えるものは、本当は小さくない。健康や人とのつながり、その日その時の必然が重なって生まれる、とても大きな幸せなのだと思います。

だから私は、日々の中で感じる「恵まれているな」という感覚に気づき、常に感謝の心を持っていたい。

金曜日の夜に走って焼き鳥店へ向かい、Taroと合流して、焼き鳥を食べて、ラーメンで締めたこと。どれも、小さくない幸せでした。

Text / 池田園子

【関連本】『小さな幸せ46こ

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