「箱ワイン」というものを私がはっきり意識したのは、伊藤詩織さんが監督したドキュメンタリー映画『Black Box Diaries』を観たときだった。
伊藤さん自身がカメラを回し、自らの経験とその後の日々を記録した作品だ。その中に、親しい友人と箱ワインを飲む場面が出てくる。張り詰めた場面の多い映画の中で、家でワインを飲みながら過ごすその時間には、ひとりの人間としての日常が映っていた。
そのとき伊藤さんが、家で好きなとき、好きなように飲むなら箱ワインがいい、というようなことを話していた。それが印象に残った。
たしかに、家で飲むワインに毎回コルクを抜くような特別感は必要ない。飲みたいときに少しだけ注げて、残りをそのまま置いておけるなら便利そうだ。そう思ってからしばらく経ち、Amazonで箱ワインを買ってみた。
選んだのは、イタリア産の辛口白ワイン「タヴェルネッロ ビアンコ」のバッグ・イン・ボックス。容量は3リットルで、一般的な750ミリリットルのワインボトルに換算すると4本分になる。通常価格は2,600円ほどらしいが、私が買ったときはセールで2,100円ほどだった。
届いた箱は、確かに「箱」だった。外側は四角い段ボールで、その中にワインの入った袋状の容器が収められている。箱の一部をミシン目に沿って切り取り、中から注ぎ口を引っ張り出す。半円状の部分を箱の穴に合わせ、折り曲げた段ボールで固定し、さらに注ぎ口を開けて、ようやく準備が整う。初めてだったので、ここには少し手間取った。

けれど、一度セッティングしてしまえば、あとは簡単だった。冷蔵庫を開け、グラスを注ぎ口の下に置いて、ボタンを押す。すると白ワインがシューッと流れ出てくる。
瓶を取り出す必要もない。コルクを抜く必要もない。紙パックの豆乳のような気軽さで、ワインをグラスへ注ぐことができる。
この気軽さは、瓶のワインとはちょっと違う。
「今日はワインを開けよう」と決めて飲むのではなく、「少し飲もうかな」と思ったときに、その分だけ注げる。ワインが、ちょっとしたイベントではなく、日々の暮らしの中に置かれた飲み物になる。
3リットルで2,000円台。750ミリリットル瓶4本分と考えれば、家で気軽に楽しむワインとしてはかなり買いやすい。

存在感なく収まっている
箱ワインは冷蔵庫の中に四角く収まり、瓶ほど高さを必要としない。背の高いものを入れにくい冷蔵庫や、あまり大きくない冷蔵庫にも置きやすい。箱を動かさず、冷蔵庫に入れたまま注げるのも便利だ。
何より、箱からワインが出てくるという仕組みが面白い。最初のセッティングだけは少し手間どったものの、今では冷蔵庫を開けてボタンを押すこと自体を楽しんでいる。
そういえば先日、友人の家へチェコのワインを持っていった。
チェコには知人が住んでいて、いつか訪ねてみたいと思っている。チェコのモラヴィアがワインの名産地だと知り、まだ行けないのなら、せめてワインだけでも先に味わってみようと、チェコワイン専門ECサイトで買ったものだった。
友人の家でそのボトルを開けようとして、また驚いた。栓がガラスでできていたのだ。
透明なガラスの栓は初めてで、開ける前からまじまじと眺めてしまった。開け方も分からず少し戸惑ったけれど、くるくると回しているうちに、無事に開けることができた。ガラス瓶の口にガラスの栓が収まっている姿はきれいで、それだけで少し特別なワインのように見えた。
段ボール箱の中の袋に入ったイタリアワインと、ガラスの栓で閉じられたチェコワイン。
片方は冷蔵庫の中からボタンひとつで注ぐ、毎日のためのワイン。もう片方は、初めて見る栓に驚きながら友人と開ける、少し特別なワイン。どちらも同じワインなのに、容器が違うだけで、飲むまでの時間や気分まで変わってくる。
ワインの違いというと、産地やぶどうの品種、香りや味わいに目が向くことが多いと思う。けれど、どんな容器に入れられ、どう開け、どう注ぐのかにも、それぞれの楽しさがある。
映画の中で見かけた箱ワインを、なんとなく真似して買ってみただけだった。
けれど、暮らしの中へ置いてみると、ワインは思っていた以上に自由な飲み物なのだと気づいた。特別な気分で栓を抜く一本もあれば、冷蔵庫を開けてシューッと注ぐ一杯もある。
箱ワインを買ったことで、ワインがさらに、私の日常に近づいた。飲み過ぎ注意。
Text / 池田園子
【関連本】『おいしいワインの選び方』
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