普段は早足で歩く。でも、その日は、別人のごとくのろのろと進んだ。壁にどんな掲示物が貼られているのか、廊下の先にはどんな教室があるのか。お、家庭科室だ。社会見学に来た子どものような気分で、私は小学校の中を歩いていた。
大人になってから、選挙のとき以外、小学校の中に足を踏み入れる機会はほとんどない。子どもがいなければ、なおさらだ。私がその日、久しぶりに校内へ入れたのは、献血のためだった。受付や検査、採血は、校内の教室で行われることになっていた。
献血というと、街なかにある献血ルームを思い浮かべる方が多いかもしれない。でも、それだけではない。地域の学校や施設などに、献血バスがやって来ることがある。
先日、学区内の掲示板で、近所の小学校に献血バスが来るという案内を見つけた。事前に申し込み、当日、小学校へ向かった。
私はこの献血バスを何度か利用している。基本的に400ミリリットル献血のみで、成分献血はできないから、一度献血すると次にできるようになるまでしばらく間が空いてしまう。それでも、わざわざ街なかの献血ルームまで出かけなくてよいのは、なかなかありがたい。

私には、いつか小学校で働いてみたいという願望が少しある。教員免許はないので、用務員として学校の環境を整えたり、給食に関わる仕事をしたりといった、裏方として支える役割を思い描いている。具体的に決めているわけではないけれど、小学校という場所で働くことに、どこか惹かれている。だから、献血をしに小学校へ行けることが、単純にうれしかった。
小学校を卒業したのは、もう30年近く前になる。今の小学校はどんな雰囲気なのだろう。私が通っていた頃と変わったもの、変わっていないものは何だろう。掲示物は今も手書きが多く、教室の様子もどこかなつかしい、ごくふつうの雰囲気だった。そんな景色を眺めながら、そんなことを考えた。献血そのものは、いつもと変わらない。それでも、会場が小学校というだけで、いつもとは少し違う時間になった。
もう一つ印象に残ったのは、地域のボランティアの方々が献血の場を支えていたことだ。会場の壁に貼られた案内には、主催として「◯◯献血会」「◯◯自治連合会」「日赤奉仕団◯◯分団」といった名前が並んでいた。日本赤十字社のスタッフや献血バスだけでなく、こうした地域の団体や自治会、奉仕団の協力があってこそ、この場は成り立っているのだと、あらためて感じた。
誰かの役に立つために出かけた献血で、久しぶりに小学校の中を歩き、地域を支える人たちの存在を知った。都心まで出向かなくてよいという便利さだけではない。普段は縁のない場所に足を踏み入れ、暮らしている地域の一面に触れられる。それも、地域で行われる献血の楽しみなのだと思う。
Text / 池田園子
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