先日の土曜日、昼はTaroの提案で、近所の「すさかべ庵」へ蕎麦を食べに行った。
私はそのままジムへ向かうつもりだった。ところが、家にスマホを忘れてきたことに気づいた。ジムはスマホのアプリでチェックインするため、スマホがなければ中に入れない。蕎麦を食べ終えたら、一度家へ戻ることにした。
その日は、町内会で地蔵盆が行われていた。帰りにコンビニに寄った際、Taroが「お菓子を買って届けよう」と言い、駄菓子を手に入れて、地蔵盆を主催しているお宅へ届けた。近所に住んでいながら、これまで顔を合わせる機会のなかった方たちにも、そこで挨拶することができた。
家に戻ってからも、すぐには出直さず、少し仕事をした。結局、再び外へ出たのは14時ごろだった。
玄関を出ると、向かいに住む仲のいいご近所さん宅の前に、一週間前の五山の送り火で知り合ったばかりの方が、別のお友達を連れてきていた。
「あ、先週の」
そう声をかけて挨拶をし、私も向かいの家へ向かっていくと、その家族も出てきてHiと挨拶する。はじめましての方には「あの家に住んでる者です」と向かいの自分の家を指差し、先週お会いしたばかりの方とも話す。
「これからどこへ行くの?」
最後に、仲の良い家族と、互いの今日の予定を話した。私はまずジムへ行き、そのあと「gallery森ノ魚」で展示会を見て、最後に入院している近所の方のお見舞いへ行くつもりだと伝えた。
すると、向かいの家の家族も、これからちょうどその方のお見舞いへ行くのだという。
「わあ! それなら、◯◯さんへ郵便物も届けてほしい」
私は◯◯さんのポストへ走り、郵便物を取ってきて、家族に託した。週に一度お見舞いへ行く際に、郵便物を届けている。その日は私が行かなくてもよくなり、代わりに別の日に顔を出せることになった。一日に何人ものお見舞いが重なれば、本人も気疲れするだろう。違う日に、違う人が訪ねたほうが、楽しみも分散する。

そのあとジムへ行き、「gallery森ノ魚」へと向かう。
このギャラリーを知ったのも、少し前にTaroと近くのカフェ「さらさ西陣」へ行ったとき、展示の案内はがきを見つけたことがきっかけだった。水彩画とガラスの器が並ぶ展示で、気になっていた。
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ギャラリーに着くと、今回の展示に参加している兵庫のガラス作家・長田博夫さんがいらした。お話ししながら作品をゆっくり眺めていると、20分ほどたったころ、「gallery森ノ魚」のオーナーで、ご自身もガラス作家として活動している安村聡美さんがやってきた。
そこから、思いがけず安村さんとの長い立ち話になった。作品のことだけではなく、もっと深いところまで、いろいろな話を聞いた。その会話から気づかされたこともあり、とてもいい時間だった。安村さんは周辺を動き回っていることも多く、私が訪れたときに会えたのは、たまたまだった。
家を出るとき、忘れ物をしていなければ、蕎麦を食べたあとそのままジムへ向かっていた。14時に家を出ることもなく、向かいの家の前で人と会うこともなく、郵便物を託すこともなかった。ギャラリーに着く時間も違っていて、安村さんとは会えなかったかもしれない。
「単なるミス」のはずだった、スマホを忘れたことが、その日の時間をひとつずつずらしていった。そのずれが、思いがけない人と、思いがけない言葉を連れてきた。
意味のなさそうな出来事が、あとになって別の出来事とつながり、振り返ると一本の線になっていることがある。予定になかった14時の外出、向かいの家の前での立ち話、ギャラリーで過ごした長い時間。どれも、ほんの小さなずれから始まっていた。
Text / 池田園子
【関連本】『偶然の散歩』
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