編集が怖い

※Netflix『ラヴ上等』シーズン2 2期の内容に触れています(具体的なシーンのネタバレを含みます)。

9月1日に更新された回を見た。

転校生が来て、みんなで食事を作る流れになる。できあがった食卓に、転校生の分だけがない。男子が「なんでご飯ないん?」と戸惑う。そのすぐあとに、もともといたメンバーの表情が映る。

正直に書くと、私はいったん、番組が見せたい形のまま受け取った。SNSを開いたら、同じ受け取り方をした人の言葉がずらっと並んでいた。行動より人格を言う言葉のほうが多かった。

そのあとで、自分がいやになった。

あの場面がどうやってできたのか、私は何も知らない。本人たちが決めたことなのかもしれない。現場の空気とか、スタッフの質問とか、そういうものが効いていた可能性もある。つないである表情にしても、いつ撮ったものなのかわからない。それでもあの順番で見せられると、こういう人たちなんだ、と思ってしまう。数分で。

編集する人は、それを知っていると思う。知っていてあの順番にしたと考えるほうが自然だ。怖いのはそこだった。対立が映れば話題になり、批判が集まっても番組は困らず、むしろ人が見に来る。

でも、名前と顔が残るのは出演者のほうだ。用意しなかった子も、用意されなかった子も、これから何年も「あの回の人」として検索される。編集の都合でついた印象が、長く残ることになる。

リアリティショーをめぐっては、過去にネット上の過激なバッシングが深刻な事態を招いたこともある。今回の件をそのまま重ねるわけではないけれど、視聴者の感情が煽られ、それが本人に直接届いてしまう構造自体は、今も大きく変わっていないように思える。

出演者は、撮影されることも編集されることも承知のうえで出ている。批判が来ることも、ある程度は覚悟しているのだろう。そこまでは言える。数分の映像で人格の印象が決まってしまうところまで含めて承知のうえだ、とは、私には言えない。

番組が面倒を見られるのは放送の中までだと思う。外に出ていった感情がどこへ行くのかは、たぶん追っていない。

私が今できるのは、あの数分をあの人たちの性格として扱わないでおくことくらいだ。あとは、自分がどれだけ簡単に乗せられたかを覚えておくこと。それと、あの順番を選んだ人がいるってことだよなあ、と書いておくことくらい。

Text / 池田園子

【関連本】『本来の自分を取り戻す「56のエクササイズと12の瞑想」

毎日をもっと楽しむヒントをお届けします。
「SAVOR LIFE」では、生活をより豊かにするためのアイデアや情報を発信しています。会員様限定のお知らせや限定コンテンツをニュースレターでお届けします。ご登録ください!