物よりも体験にお金を使うようになった。欲しい物もそれほどない。それでも、器だけは別だ。
先日、Taroが仕事関係者から「コレット」のお菓子をいただいた。美味しかったから自分でも買いたいと思い、お店に行ってみると、キャベツの絵が描かれた大皿が置かれていた。
「これは、どこのお皿ですか」
思わず尋ね、裏を見せてもらった。TAITÙ(タイツー)という、ミラノのテーブルウェアブランドだった。
家には2012年ごろから使っているARABIAのパラティッシの大皿が二枚ある。Taroと二人で食べるときは、たいていこれだ。大皿ならそれで間に合う。それでもTAITÙが忘れられず、探しているうちに、オークションでアスパラガスの描かれた楕円の大皿を見つけた。一枚だけの出品で、4,000円だった。
すぐには買わなかった。毎日のように見に行き、出品期間が終わったあともまだ残っているのを確かめて、また見に行った。一週間ほどして、PayPayアプリの1,000円引きクーポンを使って買った。支払いは3,000円。
中央に、ひもをかけたアスパラガス。その両側にも一本ずつ、伸びやかに並んでいる。濃淡のある緑が鮮やかで、お皿そのものが一枚の絵のようだ。

今、家で一人でランチをするときは、ほとんどこの大皿を使うようになった。サンドイッチと果物。クレープとヨーグルト。トーストと卵、炒めご飯、肉料理。何を盛っても、余白から穂先や茎がのぞく。食べ進めると、料理の下に隠れていたアスパラガスがまた現れる。
もう一枚欲しいとは思わない。この一枚でいい。ただ、使うたびに何を盛ろうかと考える。それだけで、家で一人で食べるランチが好きになったし、外へ行かなくても満足している。
物より体験にお金を使いたいと思いながら、それでも器を買ってしまう。
Text / 池田園子
【関連本】『器は自由におおらかに』
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