一年に一度、ご先祖さまのお墓参りをするために祖母の家へ帰っている。今年はお盆の時期に仕事があり、少し遅れての帰省になった。お墓に参り、祖母に会い、みんなで食事をして帰ってきた。
いま私が帰省するいちばんの理由は、両親と、四人いた祖父母のうち唯一存命の祖母への孝行だと思っている。何か特別なことをするわけでなく、ただ顔を合わせて、話をする。それが帰省の主な目的になった。
親には多少の仕送りをしたり、誕生日や母の日、父の日にちょっとしたものを贈ったりしている。それもひとつの孝行ではあるのだろう。ただ、実際に帰って顔を見せることの方が、何より喜ばれている気がする。最近はそう考えるようになった。
私はこのところ、長い距離を移動するのが少し苦手になっている。帰省にもそれなりの気力、体力がいる。岡山市から津山市までの片道2時間は父に車で送ってもらうので、父にも時間と労力をかけてもらうことになる。それでも、その道中は父とじっくり話せる。実家に帰れば、母とも話す時間ができる。
祖母は、私が帰ると「園ちゃん、よう帰ってきたなあ」と喜んでくれる。毎回、みんなで食べるご飯も用意してくれている。私はそこで、とりとめのない話をして、ご飯を「おいしい、おいしい」と言いながら食べる。

本当に、それだけ。けれど、その「それだけ」が孝行なのかもしれない。物を贈るのと違って、会いに行くことは、自分の時間を丸ごと相手に渡すことでもある。久々に顔を見て、同じ食卓を囲む。その時間を祖母や両親が喜んでくれるなら、帰る意味は十分にある。
祖母は95歳になった。一年に一度だけ帰るとすれば、これからあと何回会えるのだろう。

ちょうど12月に、岡山で『拝啓 ナイチンゲール様』というミュージカルが上演されると聞いた。原作のモデルの一人が、伯母の夫の先祖にあたる方だという。その縁で作品を知り、鑑賞に行くことにしたため、12月にもまた岡山へ帰る予定ができた。
孝行と言うと、何か立派なことをしなければならないように感じる。でも、家族が何より喜んでくれるのは、贈り物よりも実物の私に会うことなのだろう。今回の帰省で、あらためてそう感じた。
Text / 池田園子
【関連本】『男女1100人の「キズナ系親孝行、始めました。」』
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