パートナーと京都に引っ越してきたのは、1年5か月前のことだ。住み始めてすぐ、お酒を買える店を探して初めて入ったのが、「高島商店」だった。家から歩いて10分のところにある家族経営の酒店で、日本酒やワインのほかにも、いろいろなものが並んでいる。
その日は日本酒を買うつもりで店に入ったところ、店のおすすめの日本酒を試飲させてもらえることになった。小さなグラスに注いでもらったお酒を、3〜4種類いただいた。一杯ずつの量も結構あって、しかもそれが無料なのだ。これまで東京、福岡、大阪とさまざまな地域に住んできたけれど、こんなお店は初めてだった。試飲といえばたいていお金がかかるものだと思っていたから、本当に驚いた。

それは初めて訪れた日から、今までずっと続いている。おすすめのお酒は行くたびに入れ替わっていて、そのたびに試させてもらえる。おかげで、私たちはいろいろなお酒を知ることができた。

店番をしているのは、年配の女性だ。店に入って挨拶をすると、いつも「あら、こんばんは」と笑顔で迎えてくれる。そこから自然と会話が始まり、話しながら試飲をする。不思議なもので、その場で飲むお酒が最高に美味しい。たぶん、看板娘と会話をしながら飲んでいるからなのだと思う。

配達に回っているのは、その息子さんにあたる若旦那だ。常連には毎週一回、チラシを届けてくれるようで、私たちの家もそれを受け取っている。二つ折りにした紙に、A4のチラシが何枚か挟まったもので、ポストに入れてくれている。おそらく配達の途中に寄ってくれているのだろう。
今は、お店がLINEの公式アカウントを持って、そこでお知らせを配信するのが当たり前になっている。そんななかで、紙のチラシをポストに届けるという昔ながらのやり方が、この店には残っている。こういうものが少なくなったからこそ、心に残る。
先日、このチラシが1000号を迎えた。20年かけて、ここまで続けてきたのだという。毎週届くものを20年続けるのは、相当すごいことだ。
チラシの表紙には、若旦那の奥さんによる手書きのコラムが載っていて、家族のエピソードが、京都の季節や場所と絡めて書かれている。最近の号は、雨の合間に京都御苑へ出かけて、ブルーシートの上でお弁当を食べ、大きなもみじの木に登った話だった。このコラムが、会話のきっかけになる。次に店へ足を運んだとき、「コラムに書いてあったあのお店は」とか、「先日お出かけされたんですね」とか、そんなふうに話が始まるのだ。家族みんなでカレー屋さんに行ったと書いてあったときには、「あのカレー屋さんって、どこにあるんですか」と聞いてみた。そうやって私たちは、この地域のことを少しずつ知っていった。

こちらも、だんだん自分たちの話をするようになった。私のパートナーは医師で、京都に引っ越してきた年の10月に、訪問医療のクリニックを開業した。初めて高島商店を訪れたのはその5か月前で、通ううちに「10月に開業するんです」と話すようになった。開業してしばらく経ち、クリニックのチラシができたときには、お店に置かせてもらえることになった。毎週チラシを届けてもらう側が、今ではお店にチラシを置かせてもらっている。
チラシが届くと、パートナーと「これ、美味しそうだね。今度買おう」と言いながら、欲しいものに丸をつける。お米やお菓子、レトルト食品など、お酒以外のものも買うようになった。チラシを見てFAXで注文することもできるのだけど、うちにはFAXがないし、店までは歩いて10分の距離で、何よりお店の人と顔を合わせたい。だから、たいていはパートナーと散歩がてら店まで歩いていき、「チラシで見たあれが欲しいんですけど」と伝えて買っている。お米のような重たいものは、お酒とまとめて家まで届けてもらうこともある。気づけば今、お酒は高島商店でしか買わなくなっている。
試飲をさせてもらった日は、必ず何か買って帰る。誰かにそう言われたわけではないけれど、それがこの店との約束のようなものだと思っている。何種類も飲ませてもらって、手ぶらで帰るわけにはいかない。

試飲も、チラシも、コラムも、お店が進んでしてくれていることだ。それを受け取っているうちに会話が増え、この店で買うことが当たり前になった。歩いて行ける距離にそういう店がひとつあることを、とてもありがたく思っている。
Text / 池田園子
【関連本】『日本酒を飲みに行くなら』
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