自分の顔を好きにならなくてもいい

Netflixのオリジナルドラマ『ダウンタイム』を見て考えたこと、その4。

Netflixのオリジナルドラマ『ダウンタイム』を見終えたあと、しばらく考え込んでしまった。

美容医療はこれからもなくならない。人は美しいものに惹かれるし、自分自身もできれば美しくなりたいと願う。目で人を見る以上、そこに「美しい」かどうかという判断が入り込むことは、ある程度避けられない。

けれど、どれほど美しくなっても、その人が幸せでなければ、何のための美しさなのか。ドラマを見終えて、私がじっくり考えたのはそのことだった。「美しくなること」と「幸せになること」は、必ずしも同じではない。

かつての私は、自分の顔や身体を好きになりたいと思っていた。そのために美容医療を受けていたふしもある。鼻の付け根や鼻筋にヒアルロン酸を入れたのも、大きな小鼻や低い鼻を改善したいと思っていたから。

2年ほど前には、豊胸手術を受けたいとも思っていた。自分の平らな胸に、悲しさというか、切なさというか、残念さのようなものを感じていた。上半身が軽い点は素晴らしいけど、見た目はあんまりなあ、と思っていた。いろいろと調べ、クリニックへカウンセリングにも行った。でも、手術は受けなかった。そして今は、豊満な胸がなくても、十分に満たされている。

細い脚も、くびれた身体も、華奢な腕もない。顔だって丸い。世間で「美しい」とされる基準とはまるで違う。それでも、私は今、間違いなく幸せな状態。

だからといって、今の自分の顔や身体が好きになったわけではない。むしろ、「別に好きにならなくてもいい」と考えるようになった。好きというより、慣れたし、納得したのだ。

鏡に映る顔を見ると、「私の顔ってこうだよね」という感想しかない。もうこの顔で何十年も生きてきたのだから、今さら好きか嫌いかはどうでも良くなった。

顔や身体には、自分がこれまで生きてきた「結果」が表れているのだと思う。シミやそばかすがあるのは、日焼け止めを塗り直したり、日差しをブロックしたりすることに、そこまで熱心ではなかった結果でもある(笑)。UVカットパーカーを買ってはみたけれど、暑くて着ていないとか、忍者みたいな日焼け止めウェアを身につけるほど、紫外線対策に気が向かないとか。

顔が丸いのも、自由気ままな食生活と無関係ではない。脂質を減らし、断酒・断菓子・断ご飯おかわり生活にすれば、今よりシュッとすることは分かっている。脚の太さにも、生まれつきの骨格や体質だけでなく、立ち方や歩き方、筋肉の使い方、これまで選んできた運動の仕方などが関係している。

容姿のすべてを本人の努力や生活習慣だけで、理想に近づけられるわけではなくても、自分の顔や身体には、それぞれに原因と結果があり、今の姿はその積み重ねを表している。

結果なんだ。そう考えると、今の自分の姿について、「これが、私がこれまで生きてきた結果なんだな」と、納得できる。

それは、諦めとは違う。もし変わりたければ、これから食生活や身体の使い方を変えていけばいいだけだし、その先にはまた別の結果が表れるだろう。一方で、変えたい意欲がないなら、このままで生きていけばいい。

自分を好きにならなければならないと思っていたころよりも、今のほうが、自分の顔や身体と穏やかに付き合えている気がする。

以前は、誰かの顔を見て「こんな顔になりたい」と羨むことがあった。今は、自分とは違う輪郭や目鼻立ちを持つ人を見ても、「きれいだな」と感じるだけだ。その美しさを、自分の容姿と切り離して眺められるようになった。その人が美しいことと、私がその人のような見た目にならなければならないことは、まったく別の話だからだ。

自分の見た目への執着が薄くなった理由は、もうひとつある。私が今、満たされている一番の理由は、やはり人間関係にある。

京都で暮らし始めてからできた、優しくて楽しい近所の人たちとの、ローカルなつながり。私がどんな姿であろうと、「そのこちゃん、かわいい」と言ってくれるTaro。遠くに住みながら、私を大切に思ってくれている家族。友人や、仕事を通して出会った人たち。

そうした前向きな感情が生まれる人間関係に恵まれ、日々満たされているから、私は自分の顔や身体に、以前ほど何かを求めなくなったのかもしれない。

外見への執着が薄くなったから、人間関係に満たされたのか。それとも、人間関係に満たされたから、外見に執着しなくなったのか。その両方なのだろう。

もし、自分が思い描く「超絶理想の美人」になれたとしても、そこに温かな人間関係がなければ、幸せではないような気がする。反対に、理想どおりの見た目ではなくても、自分を大切にしてくれる人たちがいて、自分も大切にしたいと思える人たちがいる。その関係の中で穏やかに暮らせるなら、人はかなり満たされるのではないかと思う。

美しくなりたいと願うこと自体は、前向きで素敵な欲求だと感じる。ただ、美しさを手に入れることと、人生が満たされることは、別のテーマ。自分の顔や身体を、無理に好きになる必要もない。好きではなくても、この顔と身体で生きてきた結果に納得できれば、それで十分なのかもしれない。

Text / 池田園子

【関連本】『美しい表情は人生を変える』

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