この5年ほど、私は同じ言葉を、繰り返し受け取っている。
「今のそのこさんが、いちばんきれい」
パートナーのTaroからのこの言葉は、評価ではない。
過去と比較して優劣をつけるものでもない。
むしろ、「今」という時間そのものを肯定する言葉だ。
私はこの言葉を、ひとつの姿勢として受け取っている。
カメラロールを見返すと、今とは違う自分がいる。
変わっていないつもりでも、人は確実に変化している。
人の細胞は日々入れ替わり、私たちは毎日、少しずつ別の自分になっている。
生きているということは、変わり続けているということだ。
「今がいちばんきれい」という言葉は、その経年変化を、まるごと肯定する言葉である。
この言葉が指しているのは、外見だけではない。
考えていること、関心を向けていること、日々どんなことに心を動かされ、どう行動しているか。
そうした内側の動きも含めての「今」なのだ。
生きている限り、人は更新され続けている。
アップデートしようと意識していなくても、思考や行動の変化に伴い、価値観は少しずつ書き換えられていく。
「今がいちばんきれい」という言葉は、そのプロセスを否定しない。
「それでいい」「GOGO」と、かろやかに背中を押す。
過去を振り返ることは、悪いことではない。
思い出の中には、確かに愛おしい瞬間がある。
記憶として残っている時間には、何かしらの意味がある。
ただ、それでもやはり、最終的に立ち戻る場所は「今」。
今、生きている。今、動いている。今、心が反応している。今に集中している。
そのライブ感こそが、人をいちばん魅力的に見せるのだと思う。
「今がいちばんきれい」と言えることは、相手を肯定することでもあり、時の流れを受け入れることでもある。
若さや過去のピークを基準にしない。
変化を劣化と捉えない。
その姿勢は、とても自然だ。

そして同時に、自分自身の「今」を大切にする感覚にもつながっている。
未来に向けて何かを成し遂げようとすることも、大切である。
けれど、その前提として、「今を雑に扱わない」ことのほうが、ずっと重要なのだと思う。
更新しようと力まなくていい。
変わろうと焦らなくていい。
ただ、その瞬間に心が動いたことに向き合い、そのときできることを、懸命にやる。
その積み重ねが、結果として「今がいちばんきれい」という状態をつくる。
未来志向というより、今を肯定し続けた先に、未来がある。
私は、そう思っている。
Text / 池田園子
【関連本】『ストア哲学 強く、しなやかに生きる知恵』
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