つるっとする記憶

週末、京都にも雪が降りました。
京都市内でも、深いところでは6センチほど積もったそうです。

日曜日、私はいつものようにジムへ向かいました。
敷地内にも雪が積もっていて、真っ白な地面に足跡をつけて遊んでしまうくらいには、きれいな景色でした。

けれど私は、雪が苦手です。
正確に言うと、雪そのものというより、滑る感じが怖い。

いつだったか、東京だったか、福岡だったか。雪が降った日、実際に転んだのか、転びそうになっただけなのかも、もうはっきり覚えていません。
ただ、足元が一瞬、つるっと持っていかれた、あの感覚だけが、身体に残っています。
地元の岡山も、雪とはあまり縁のない地域で、そういった慣れなさも重なって、私は今でも雪の日には、ぎゅっと身構えてしまいます。

特に苦手なのは、降りたての雪ではなく、凍ってつるつるになった道路です。
足を出した瞬間、地面と自分の身体感覚を信じきれない感じ。
雪用の靴を履いていても、心許なくて、歩幅が小さくなります。
もしかすると、滑ることを前提に考えすぎているだけなのかもしれません。どんくさい、というのもあるけれど。

大報恩寺(千本釈迦堂)

その日曜日は、午前中から昼過ぎにかけて、しんしんと雪が降り、一面が真っ白でした。
午後に日が差して少し溶け、夕方になると、また静かに降り始める。
その合間に、私とTaroは買い物に出かけました。明日、凍ったらどうしよう。そんなことを考えながら。

途中、隣のおばあちゃんの家に立ち寄ります。
「ついで」のお使いをしようと、「何か必要なものはありますか」と尋ねて、リクエストを聞きました。

「雪だから、今日と明日は歩いちゃだめですよ。滑って骨折でもしたら大変。家にいてください」
Taroが、やさしく、でもきっぱりと言います。

道すがら、いくつもの雪だるまを見かけました。
大きなもの、小さくて工夫されたもの。
あちこちで、雪だるまをつくる大人や子どもたちの姿がありました。

その日は選挙の日でもあり、近所を歩いていると、ある家の前でお父さんが一生懸命、雪だるまを作っていました。
その光景がなんとも微笑ましくて、自然とこちらも笑顔になり、笑みを交わします。
雪の日には、こんな小さな交流が、ふっと生まれるのだなと思いました。

翌日、月曜日の朝。
また雪が積もり、道は凍っていました。
足を置く場所を、一歩ずつ確かめる朝です。

そんななか、隣の東欧の家族たちは、子どもとお母さんが登校前に本気の雪合戦をしていて、私とTaro、隣のおばあちゃんも爆笑。
それくらい、和やかな光景でした。

月曜の衣笠南道公園

一方で、それから出勤するTaroのことは、やはり心配です。
Taroは訪問診療や往診で、基本的に外を回ります。家を出てから30分ほど経った頃、「無事に着いた?」とメッセージを送りました。
ところどころ凍った路面を、自転車で走っている。私なら足を出すだけで精一杯です。

午後にも一度、連絡を取る機会がありました。
「Taroは安全に過ごしているかな?」
つい、聞いてしまいます。

するとTaroは、「滑りもせず、元気にやってるよ!」と、安心する返事をくれました。ほっ。

自分基準で、滑る前提で世界を見すぎている? ほかの人はあまり滑らない? だと、いいのだけれど。

雪は、やっぱり苦手です。
でも、雪だるまがあったり、一面が白く染まる景色だったり、そういう光景は、やはり非日常で、見ている分には心が動きます。
ふわふわと雪が降っている間は、嫌ではない。つるつるの時間帯をやり過ごせば、身構えずにいられるのかもしれません。

それでも、このイレギュラーな状況の中で働いている人たちのことを思うと、胸がざわつきます。
混乱も多く、本当に大変だろうと思います。

だから、理想を言えば、雪は降らないほうがいい。
けれど、ふわふわと積もる分には、悪くない。
できれば、そのまま静かに溶けてくれたら、それでいい。

そんなことを考えながら、誰かを想っていた、冬のひとときでした。

Text / 池田園子

【関連本】『雪のふしぎ

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