必要のない場所に、立っていないか

不思議だな、と思うことがある。

人は、石が落ちてくるとわかっている場所には立たない。――まあ、そんな状況は現実にはあまりないけれど。頭上で「カラカラ……」と音がしたら、すっと一歩下がる。というか、逃げると思う。あれはもう、考える前の動きだ。

たとえば。床にスイッチがあって、踏むと四方八方から竹串が「ビヨーン!」と出てくる部屋。しかも、全部こちらを狙ってくる。これもまあ、現実にはない設定だけれど、説明を聞いた時点で、絶対に入らないでしょ?

なのに、相手が人になると、話が変わる。

会うたびに、少し傷つく。この人は、私のことを大事にしないな、という感覚が残る。帰り道、胸の奥がちくっとする。「ああ、またか」と思う。それでも、呼ばれたら行ってしまう。連絡が来ると、少しだけうれしい。そしてまた、同じ場所に立つ。

――こういう話、恋愛相談で聞くこと、多くないだろうか。

石の下には立たないのに。竹串の部屋には入らないのに。人になると、なぜかスイッチの上に立っている。しかも一度じゃない。覚えているはずなのに。

少し、立ち止まってほしい。その人は、自分にとって必要だろうか。関わることで、自分はどうなっているのか。満たされているのか。それとも、削られているのか。

竹串の部屋に入るかどうかで、迷う人はいない。ただ、入らないだけだ。なのに、人になると、少しだけ迷う。「好きだから」「気になるから」そうやって、あと回しにする。

本当は、同じはずなのに。

自分を傷つけるものを、選ばなくていい。削られる場所に、立ち続けなくていい。「この人は私のことを大事にしないな」と感じたときこそ、ただ一度、「必要かどうか」を考える。それだけで、たぶん十分だ。

竹串の部屋の前で、立ち止まる理由は、もうなくなる。

Text / 池田園子

【関連本】『自分をたいせつにする本

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