「自分の選択を正解にしていく」という言葉を、私は要所要所で使っている。
他者との会話の中でもそうだし、自分自身の選択や行動を振り返るときにも、この言葉に行き着くことが多い。
理由はシンプルで、私はあまり後悔をしないからである。
少なくとも、「あの選択は失敗だった」と思い続けていることは、ほとんどない。
たとえば、仕事。
今プレスラボという会社で役員を務めていることも、女性向けWebメディア「DRESS」で編集長をしていた時間も、現在、個人として関わっているクライアントとの仕事も、すべて正解だったと感じている。
他の道がなかったわけではない。
続けようと思えば続けられた道もあったし、別の選択肢を取ることもできたはずだ。
それでも、そのときどきで自分が選んだ道だからこそ経験できたこと、学べたこと、出会えた人たちの存在が確かにある。
だから私は、それらの選択を正解として受け止めている。

最近、この「自分の選択を正解にしていく」という言葉を、立て続けに使う機会があった。
悩み相談をしてきた友人との会話でもそうだったし、コピーライター・プランナーの松島直哉さんと食事をしながら話したときにも、同じ考えが話題に上った。
松島さんもまた、同じ価値観を持っているようで、私は深く頷いた。
数日前に友人にかけた言葉と重なっていたから、なおさら味わい深かったのだと思う。
さらに翌日、別の社長と話す機会があった。
その方が、これまで歩んできた道のりを振り返るように語ってくださったとき、私はまた同じ言葉を口にしていた。
「ご自身の選択を、正解にしてこられたのですね」
するとその社長は、「自分の話をうまく翻訳してくれた」と言ってくださった。
相手を持ち上げるための言葉ではない。
話を聞く中で、この人もまた、自分の選択を引き受けながら生きてきた人なのだと感じたから、自然と出てきた言葉だった。
誤解のないように言えば、私は自分を「ミスをしない人間」だと言いたいわけではない。
判断を誤ったこともあるし、遠回りをしたと思う選択もある。
それでも私は、自分の選択を「なかったこと」にせず、その都度、どう意味づけ、どう生かしていくかを考えてきた。
だからこそ、「自分の選択を正解にしていく人」に惹かれるのだと思う。
そのときの選択が、間違っていた可能性は誰にでもある。
判断を誤った場面も、当然あるだろう。
それでも、軌道修正をしながら、より良い方向へ近づけようとする。
選んだ道を引き受けた上で、少しずつ整えていこうとする。
その姿勢そのものに、私は強く惹かれる。
自分の選択を正解にしていくという思考や行動は、人生を主体的に生きるということでもある。
誰かに決められた道を歩くのではなく、
選んだ結果も含めて、自分の人生を自分で扱おうとする態度だ。
そして、振り返って後悔し続ける時間は、あまりにももったいない。
私たちが起きて、考え、動き、自分の好きなことに使える時間は、思っている以上に限られている。
だから私は、「この選択を正解にしていこう」と考えながら生きる人の姿勢を、過去に縛られず、今を大切にしながら前へ進んでいく生き方だと感じている。好きな在り方。
Text / 池田園子
【関連本】『後悔しない時間の使い方』
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