ここまではOK、ここから先は

人との関係に、線を引く、ということがある。

はっきりとした決裂があるわけでもない。喧嘩をしたわけでも、裏切られたわけでもない。ただ、心のどこかで「あ、ここから先は交わらないな」と静かにわかる瞬間。

たとえば、仕事で関わっている人がいるとする。距離は近く、やりとりも多い。一部分には、たしかに惹かれるところもある。オーラだったり、才能だったり、勢いだったり。瞬間的な強さに、目を奪われることもある。

それでも、話を聞いているうちに、少しずつ気づいていく。その人が考えていること、目指している場所と、自分が大切にしている方向が、あまり重なっていないことに。

「何千万稼ぎたい」「もっと広げたい」

そんな言葉が前に出てくる一方で、「それによって社会をどうしたいのか」「誰にどう貢献したいのか」が、言葉として立ち上がってこない。

数字を掲げること自体が問題なのではない。ただ、利己ばかりが強調され、その先にあるはずの利他へのまなざしや、思想、温度が感じられないとき、人は無意識に、心のなかに警戒線を引き始めるのかもしれない。

さらに、こちらの時間や状況への配慮がないまま、「やってくれるよね?」という前提で協力を求められるとしたら。そこに、相手の仕事や人生へのリスペクトが感じられなかったとしたら。その関係は、じわじわと負担になっていく。

とはいえ、簡単に距離を取れる関係ばかりではない。仕事のつながりがあり、案件が回ってきた経緯があるとなおさらだ。無下に扱えないし、はっきり断るのも難しい。だからこそ、人は関係を曖昧なまま引きずってしまう。

そんなとき、「すべてを続けるか、すべてを断つか」ではなく、「どこまでなら交わるか」を自分の中で決める、という選択肢がある。

ここまではOK。ここから先は踏み込まない。境界線を引くというのは、相手を拒絶することでも、関係を壊すことでもない。自分がこれ以上消耗しないための、静かな整理だと思う。

最近読んだ『人生をシンプルにする数学的思考』(深沢真太郎)に、人間関係についての章があり、そこにこんなことが書かれていた。

「仲良くする」と「仲良くなる」は違う——。

私なりの経験や感覚も重ねて言葉にするなら、仲良くするというのは、意図や目的をもって関係をつくろうとすること。一方で、仲良くなるというのは、気づけば自然にそうなっている状態だ。

もし、関係の理由が「嫌いではないし、関わっておいたほうが得だから」「味方にしておいたほうがいいから」そんな計算の上に成り立っているとしたら。

それは、「仲良くなっている」のではなく、「仲良くしようとしている」関係なのかもしれない。自然に深まる関係は、やっぱり無理がない。

がんばらなくても続くし、言葉を尽くして説明しなくても通じる。逆に、どこかでしんどさを感じる関係は、人を消耗させる。

だから、人との関係に迷ったとき、「続けるべきか、切るべきか」ではなく、「どこに線を引くか」を考えてみる。

その線は、外からは見えない。相手に宣言するものでもない。ただ、自分の中で、そっと引かれる一本の線。それだけで、関係の重さは、少し変わる。

Text / 池田園子

【関連本】『人生をシンプルにする数学的思考

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