家を出たあとでした。靴を履いて、ドアの前に立った、その一瞬。
近所に住む、アメリカ出身の彼が、私とTaroに向かって言いました。
「Mi casa es su casa」
ミ・カサ・エス・ス・カサ。直訳すると、「私の家は、あなたの家」。
意訳すると、「いつでも、自分の家みたいに遊びに来てね」。そんな意味になるのだそうです。
彼はアメリカ出身で、妻と子どもたちと暮らしています。
それでも、このスペイン語の言葉を知っていて、迷いなく口にした。
とても印象に残りました。――ああ、いい言葉だな。そう思ったのです。
調べてみると、「Mi casa es su casa」は、スペイン語圏で広く使われている歓迎の表現で、「どうぞ遠慮なく」「くつろいでね」そんな温かな気持ちを込めた言葉だそうです。
英語でいうなら、「Make yourself at home」に近いのかな。けれど、それよりももっと距離が近くて、もっと体温がある。心も、空間も、ひらいている感覚。
だからこそ、あんなふうに自然に言われると、胸の奥が、少しゆるむのかもしれません。

あとで知ったのですが、スペイン語のcasaは、「家」だけを指す言葉ではないそうです。
建物のことだけでなく、家族のいる場所だったり、帰ってくる場所だったり。どこか「故郷」や「ホーム」に近い意味も含んでいるのだとか。
それから、考えるようになりました。私は、どうだろう。私も、そうありたいな、と思ったのです。
もし、彼と奥さんが「今日は二人で出かけようか」とデートに行く日が来たら。うちは、とても近所です。数時間なら、お子さんを預かることだって、できる。
あるいは、「猫を見たいから、ちょっと遊びに行ってもいい?」子どもたちからそんなふうに言われたら、「もちろん」と返せる自分でいる。
気軽に来ていいよ、という空気。遠慮しなくていいよ、という姿勢。
今はたまたま、ファミリー向けの物件に住んでいて、リビングダイニングに、人を迎えられる余裕があります。だから、こういうことを思えるのかもしれません。
でも、ふと思うのです。
もし、いつかまた一人暮らしになったとしても。部屋が今よりずっと狭くなったとしても。
誰かが、少しつらい夜を過ごしていたら、「よかったら、来る? ごはんでもつくるよ?」そう言える場所でありたい、と。
それは、スペースの問題ではないのかもしれません。広さよりも大事なのは、ここにいていいんだ、と思えること。
安心できる居場所を、つくっていたい。ただ、それだけなのだと思います。
「Mi casa es su casa」
あの日、彼がくれたのは、外国語のフレーズではなく、人との距離の取り方、そのものだった気がします。
閉じないこと。迎え入れる余白を、心に残しておくこと。
私も、そんなふうに生きていたい。
誰かにとって、ふと、思い出せる存在でいられたら――。それだけで、十分なのかもしれません。
Text / 池田園子
【関連本】『集まる場所が必要だ――孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学』
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