河瀬直美監督の『たしかにあった幻』(2026年2月6日公開)。観る者の心を揺さぶる本作は、小児臓器移植という重いテーマと、失踪という個人的な喪失を、主人公コリーの視点を通して丁寧に紡ぎ出しています。
コリーは、スペインで臓器移植医療を学んだ医師です。神戸の臓器移植医療センターで小児臓器移植の現場に立ち、幼い患者の命を救うために奮闘する日々。その一方で、恋人の迅がある日突然姿を消します。
仕事では「命をつなぐ」ことに全力を注ぎながら、私生活では愛する人の不在という喪失に向き合う——この二つの物語が並行して描かれることで、作品は「命とは何か」を静かに、しかし確かに問いかけ続けます。
映画が照らし出すのは、日本における臓器提供の現実です。2023年のデータでは、日本の臓器提供率(脳死・心停止含む)は人口100万人あたり約1.2件。スペインの約49件、アメリカの約48件と比べると、その差は歴然としています。
その結果、心臓移植の平均待機期間は4〜5年近くに及びます。劇中でも描かれていたように、日本では長い待機が必要とされ、待機期間中に移植を受けられずに亡くなる患者も少なくありません。
一方、スペインでは数ヶ月程度で移植を受けることができます。この違いは、制度の優劣ではなく、臓器提供に対する社会全体の認識や文化的背景、医療体制の構築に長年かけてきた取り組みの積み重ねによるものです。
日本には日本の文化や価値観があり、その中でどのように命と向き合い、どのような選択肢を持つことができるのか——映画はそうした問いを、観る者に考える機会として提示しています。
免許証裏の意思表示欄に記入していれば、その意思は実際に反映されるのだろうか。映画を観て、そんな疑問が湧き、自然と臓器提供の仕組みについて調べ始めました。
調べてみると、意思表示欄への記入だけでなく、家族への共有が重要であること、そして家族が反対した場合には提供が難しくなるケースもあることを知りました。
映画は、こうした現実について直接的に語るわけではありません。しかし、作品を通して「命をつなぐ」ということの意味を考えさせられ、自分自身の意思や家族との対話の大切さに自然と目が向く——そんな力を持った作品です。
実際の病院で撮影され、医療スタッフと俳優が混在する現場。そこには圧倒的なリアリティがあります。河瀬組では「役積み」と呼ばれる準備期間が設けられます。これは、カメラが回っていないときでも役者たちが役として生きる時間を持つ、独特の演出法です。過去作品では撮影用の家に実際に住み込んだり、役のアパートで2週間暮らしたりと、役そのものになりきるプロセスを大切にしてきました。
本作でも、役者たちは医療スタッフとしての所作を丁寧に学び、実際の医療現場で医師や看護師と混在しながら、まるでドキュメンタリーのように撮影が進められました。このプロセスが、スクリーンに自然な形で現れ、観る者に「演技」ではなく「生きている人間」を感じさせるのです。
そして屋久島の自然や日常の細やかな風景。直接的な説明に頼らず、映像と音、呼吸するような時間の流れで命を描く——河瀬監督ならではのアプローチが、作品全体に静謐な美しさをもたらしています。

この映画は、いち鑑賞体験に留まりません。臓器移植についてもっと知りたいと思わせ、実際に制度にアクセスしようという行動につながる——そんな力を持っています。それは作品が、情報を伝えるだけでなく、観る者の心に深く問いを投げかけるからです。
『たしかにあった幻』は、人が生きること、愛すること、そして喪失と向き合うことを、深く問いかける映画です。重いテーマを扱いながらも、人間の感情や人生の繊細なつながりを描き出す河瀬直美監督の眼差しは、優しく、そして力強い。
この映画が、多くの人にとって「命」について考えるきっかけになることを願います。
Text / 池田園子
【関連本】『母からもらった腎臓』
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