50円の前で、立ち止まれた日

上七軒通に、ちょっと気になる場所がある。

北野天満宮東門から、今出川通りへと抜けていく、京都の、あの花街の空気をまとった通り。観光地のにぎわいとは少し違う、時間の流れがゆるやかな、あの通り。

朝方の上七軒通

その通りの、今出川通りに近いほうの端っこ。
少しだけ空気がほどけるあたりに、スナックがある。

そこに、いつからか「オール50円」の小さな売り場ができた。

最初は、お皿やグラスなど器類だけだった。
「ああ、店じまいするのかな」と思った。
でも、2ヶ月経っても続いている。

誰かが買っていくから、また補充される。
だから通るたびに、景色が変わる。

今日は何があるんだろう。
そんなふうに、つい覗いてしまう場所になった。

この前、足が止まった。

舞踏会にでも向かいそうな、少し濃いめの化粧をした、異国の女性の顔。
そんなブローチが、ふたつ。

「これ、面白いな」

1個50円。2つで100円。安い。

「誰かにあげてもいいかも」

そう思って、リュックを肩から外しかけて、なかの財布を取ろうとした、そのとき。

——あ、まずい。手が、止まった。

「あれ?」
私は、これ、欲しいのか?

よく考えたら、ブローチが欲しいと思ったこと、最近あったっけ。
「ない」

じゃあ、なぜ今、欲しいと思ったのか。

「50円だから」
それだけだった。

その瞬間、少し冷静になる。

「必要か?」

答えは、明確だった。

必要ではない。

面白い。でも、いらない。
安い。でも、いらない。

そう整理できたから、財布は出さずに、そのまま通り過ぎた。

——ああ、よかった。

……と同時に、「まだまだ揺らいでるな」と苦笑した。

だって、あの瞬間、財布を出しかけていたから。

ほんの100円なのに。必要じゃないと分かっているのに。

「安いからいいか」
その思考に、うっかり引っ張られていた。

情けないな、と思う。

必要かどうかで選ぶ。
そうやって生きていこうとしているのに、まだ簡単に揺れる。

でも、揺れたこと自体が悪いわけじゃないのかもしれない。
大事なのは、揺れたあと、戻ってこれるかどうか。

「本当に必要か?」
その問いに、立ち返れるかどうか。

今回は、戻ってこれた。
だから、よしとする。

でも同時に、思う。
もっと自然に、もっと迷わずに、その選択ができるようになりたい。
「安いから」でもなく、「面白いから」でもなく、ただ「必要だから」と言える選び方を。

まだまだ、揺れている。
だからこそ、これからも、その思考を少しずつ、自分のなかで本物にしていきたい。

50円の前で立ち止まった、あの一瞬。
あれは、小さな出来事だけど、今の自分の立ち位置を教えてくれた時間だった。

Text / 池田園子

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