うまくいっているときには、見えないこと

これまでの仕事のなかで、ふと思い出す出来事がある。

言葉そのものというより、その奥にある前提のようなものが、すっと見えてしまった瞬間。

きっと、悪気があったわけじゃない。
ただ、その人にとっては、それが自然だったんだと思う。

でも、その自然さの中に、無自覚なままの前提が、そのまま表れていた。

この仕事は、どれくらいの重さなのか。
相手の時間や労力を、どう見ているのか。
関わっている相手を、どんな距離で捉えているのか。

はっきりと言葉にされなくても、やりとりの端々に、ふとにじむ。

ああ、そういう前提で見ていたんだな、と。

普段は、そこまで見えない。
問題が起きていないときは、整えられた言葉の中に、うまく収まっているから。

でも、何かが少しずれたとき、取り繕う余白がなくなったときに、その人の前提が、そのまま表に出てくる。

気づかないうちに、相手へのリスペクトのなさが、そのままにじんでしまうことがある。

だから私は、うまくいっているときよりも、少し歪んだときのやりとりを、よく覚えている。

そのときに覚えた違和感によって、その場で、ああ、この人はこういう前提で仕事をしているんだな、と気づかされることが多い。

仕事は、内容や条件だけじゃなくて、その人がどんな前提で関わっているかで、心地よさが大きく変わる。

同じ仕事でも、大切に扱われていると感じるときと、そうでないときとでは、まったく違う。

だから最近は、「うまくいくかどうか」よりも、「どんな前提で関わる人か」を、静かに見ている。
本音は、見えてしまうから。

だったら、自分はどうありたいか。

相手の見えない時間や労力にも、想像を向けられる人でいたいし、余裕がないときほど、雑に扱わない人でいたい。

そして、同じように、目に見えない部分まで大切にしてくれる人と、仕事をしていきたい。

それだけで、仕事の時間は、ずいぶん穏やかになると思うのです。

Text / 池田園子

【関連本】『仕事がうまくいく人は「人と会う前」に何を考えているのか

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