封じた記憶が呼び覚まされた。『YABUNONAKA』が開いた扉

YABUNONAKA―ヤブノナカ―』(金原ひとみ)を読みました。本作は、10年前の性加害告発をきっかけに、複数の人物がそれぞれの視点から出来事を語る群像劇です。ある女性が「10年前に性加害を受けた」と声を上げたことで、加害者となった男性やその周囲の人々の人生が静かに、そして大きく動き出していきます。

物語の最初と最後に登場するのは、50代の中年男性・木戸悠介。彼は仕事への情熱を失い、生きながら死んでいるような日常を送っています。かつては「そんなものだ」と目をつぶったこと、あるいは「今さら言っても仕方ない」と封じ込めたことが、時代の変化によって再び掘り起こされ、加害や沈黙の意味が問い直されていく――その描かれ方が非常に現代的です。MeToo以降の時代を鋭く反映した、まさに「今」を切り取る作品でした。

読んでいる途中から、そして読み終えたあとにも、多くの感情が渦巻きました。「あれは加害事案だったのだ」と、自分の中で封印していた記憶がふと浮かび上がってきたのです。15年も前のことで、相手(当時、木戸さんと同年代の中年男性)の名前も思い出せませんが、場所だけは明確に、恵比寿ガーデンプレイスだったと覚えています。

今さら告発をするつもりはありません。当時20代前半だった自分も「業界の重鎮と親しくなりたい。近づけばいいことがあるかも」という損得勘定や下心を持って参加した集まりだったから(品がないですね)。ただ、この作品が「なかったことにしていた」出来事を呼び起こすほどの力を持っていたということです。

そして、もうひとつ強く感じたのは「自分も木戸さんのようになるかもしれない」という恐れでした。感性が古くなり、情熱や好奇心を失い、時代との感覚のずれに気づかぬまま生きてしまうこと。その危うさを、木戸という人物を通じて突きつけられた気がします。年齢を重ねる中で、自分の思考や価値観をどう更新していくか。それを怠ったならば——。半年後には40代を迎える今、ぼんやりとした恐怖に包まれます。

また、異なる作品ながら、一昨日読み終えた朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』に登場する中年男性・久保田慶彦とも重なりを感じました。どちらも第一線から退き、離婚して子どもと離れ、孤独の中で生きる男性です。被害者や若者だけでなく、こうした中年男性にも時代の光が当たり始めている。裏を返せば、それだけ彼らの存在が社会にとって大きな課題となっているのだと、本作を通じて痛感しました。

重たいテーマでありながら、少しでも時間を見つけたら読み進めずにはいられない魔力に満ちた作品でした。

Text / 池田園子

【関連本】『YABUNONAKA―ヤブノナカ―

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