人は興味のあるものしか見ていない

「資源ゴミってどこに出すの?」。TAROから不意に聞かれ「やっぱり知らんか〜」となった私。というのも、引っ越し当初からゴミ出しは自分がしていたから。「必要なこと」なので、ゴミ関連情報については調べて把握していました。

特に資源ゴミはかさばるため、1〜2週間に一度の回収日を逃すと、スペース的にも気持ち的にもストレスが溜まります。だからこそ引っ越し直後から、Webで「個別回収の燃えるゴミとは違い、集団回収である」といった情報を得るとともに、近所を散策しながら最も近い集団回収スポットを探し回りました。徒歩1分のところに「第1・第3水曜は雑紙の日」などと書かれた掲示板を見つけ、資源ゴミの日はそこを活用してきたのです。

TAROは3ヶ月以上経ってもそれを知らなかった。何度もその場所を通っているはずなのに目に入っていなかった。興味がないことには、本当に人は気づかないものだと、つくづく実感した事例です。

気づかないというのは、目に入っていないということであり「見ていない」ともいえます。

私が洗面所にしゃがみ込んで、ドラム式洗濯機から取り出した洗濯物のうち、干すものだけを洗濯カゴに入れていたときのこと。そこへ彼がやってきて、自分の脱ぎたての汚れた服をカゴの上に無造作に置いたのです。

その行動が理解できず、「え(怒)? 今干すための洗濯物を入れてるんだけど?」と伝えましたが、彼は「そんなの見てない」と言うのです。私は彼のすぐそばで背中を向けて、低い体勢になって洗濯物を取り出していたのに、彼の視界には一切入っていなかったようです。

そのやりとりに強い苛立ちを覚えてしまい、「見てない、って……。今あなたの目の前で仕分けしてるでしょうが(怒)」と怒らずにはいられませんでした。

「見えるだろうが」とぶつぶつ言いながら、2階に上がります。洗濯を干しながら、大きくため息を吐きつつ、気持ちを落ち着かせることを試みました。

そのとき、考えてみたのです。彼にとってゴミ出しも洗濯も自分がやるわけではないから「自分と関係のないこと」で、「溜まったらルームシェア相手がいつの間にかやっていること」。だからこそ、目の前で作業をしている人がいても目に入らない。そんなものなのかもしれない、と。

「人は本当に興味のあることしか見ていない」。この自然な在り方を腹落ちさせておくだけで、無用な怒りを減らせるはず。「基本的に、見てない」「基本的に、見えてない」と思えば諦めもつきます。

こんなふうに小さくカリカリしては、その怒りがすぐに消えて(忘れる)、また何か起きてカリカリする、といった共同生活を送っている情けない私です。1年後、ルームシェアを解消しているかもしれないし、怒らない術を身につけていて、生活スタイルが変わっていないかもしれません。どうしたいか、どうなるか。

Text / 池田園子

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