伊藤詩織さんが監督を務める『Black Box Diaries』を2026年1月9日、京都での公開初日に鑑賞してきました。
本作は、詩織さんが2015年4月に性暴力被害を受けて以降に経験してきた出来事を基に、社会、法律、メディアのあり方へ当事者の視点から向き合うドキュメンタリー作品です。監督であり、同時に被写体でもあるという構造自体が、作品の大きな特徴となっています。
2024年1月20日に米サンダンス映画祭で初上映されて以降、60カ国以上で上映され、20を超える国際賞を受賞するなど、海外では非常に高い評価を受けてきました。一方で、日本での劇場公開は約2年後の2025年12月12日と、大きな時間差が生じました。
関係者からの人権侵害に関する指摘や法的論争があり、それが日本での公開時期にも影響したと報じられています。今もなおこの件で報道が続いていますが、一定の調整を経て上映できる状態となったからこそ、各地で上映されているのだと受け止めています。

まず本作を観て感じたのは、感性を大きく揺さぶる、流れるような映像と編集でした。編集を務めた山崎エマさんは、『小学校~それは小さな社会~』をはじめ高い評価を受けてきた映画監督です。クレジットを眺めながら、グローバルで最良のチームを組み、この作品がつくられてきたことが想像されました。
詩織さんはこれまで、自身の被害について実名・顔出しで告発し、その背後にある構造と闘ってきました。本作はその記録の積み重ねそのものであり、日本ではこれまでほとんど例のなかった挑戦だと感じます。法的な論争や社会的な反発を招く側面があることは周知の通りですが、それでもなお、問題を可視化し、観客に問いを投げかけるドキュメンタリーとして公開されたこと自体に、大きな意味があると私は感じました。
この作品が突きつけてくるのは「事実」を社会がどう扱い、どのような構造のなかで「なかったこと」にしてきたのかという、もう一段深い「真実」です。事実は検証できても、その意味や重み、そこに至る過程をどう理解するかは、観る側一人ひとりに委ねられます。
また同時に、どの素材をどのように選び、どの順で見せるのかという編集の力が、作品の印象を大きく左右することも強く感じました。すべての関係者に完全に配慮しながら、自身が表現したいことを100%そのまま形にする作品をつくることは、現実にはほとんど不可能に近い――その創作の困難さを、本作を通して改めて実感しています。
京都での上映終了時、会場には拍手が起こりました。上映中にはすすり泣く声も聞こえました。品川での日本初上映時にも、同様に拍手が起こったと報じられています。鑑賞後、私を含めパンフレットを購入する人も多く、長い列ができていました。

54ページのボリュームがあるパンフレット
パンフレットには“The Importance Of Video Evidence(証拠映像の重要性)”という章があり、詩織さん自身が映像に託した思いが語られています。現在も続く論争に対するコメントも収録され、作品を一度観ただけでは掬いきれない視点が示されていました。
本作のテーマはとてもセンシティブであり、関係者にとっては大きな問題を孕んだ作品であろうとも思います。しかし、ひとりの観客としてこの映像に向き合い、多くの問いやテーマを持ち帰ることができたことは、確かに大きな体験でした。この作品が日本でようやく公開された意義はとても大きいと感じています。
Text / 池田園子
【関連本】『Black Box』
「SAVOR LIFE」では、生活をより豊かにするためのアイデアや情報を発信しています。会員様限定のお知らせや限定コンテンツをニュースレターでお届けします。ご登録ください!


