通りがかりの店の前で、看板が目に入った。
「ママ友ランチプラン」。
よく見る言葉だと思う。
今まで何度も見てきたし、実際、意味もすぐに分かる。
誰に向けたものか、一瞬で伝わる便利な言葉。
なのに、その日はなぜか少しだけ引っかかった。
ママ友。
分かりやすい。誰に向けたプランか、すぐ伝わる。
お店としては、親切な言い方なのだと思う。
でも、頭の中に小さな声が浮かぶ。
「じゃあ、パパ友は?」
いや、別に責めたいわけじゃない。
たぶん多くの人はそこまで考えていないし、私も普段なら流している。
でも、そのあと、考えがちょっとだけ広がってしまった。
じゃあ、子どもがいない大人同士はどうなるんだろう。
子どもがいない女性の友達は?
そもそも、ただの友達同士は?
……いや、ここまで考え出すと、ちょっと重たいか。
看板の前でそんなことを考えている人も、あまりいない気もする。
でも、一度考え始めると、言葉って急に難しくなる。
じゃあ、「ママ友」って書かなかったら、何て言えばいいんだろう。
「友ランチ」?
いや、それはあまりに不自然か。
「友達ランチ」も、なんだか急に説明っぽい。
わざわざ言葉にすると、少し照れくさい。
そもそも、看板に「友達」って書く必要あるんだろうか。
でも、何も付けないと、ただの「ランチプラン」になる。
それはそれで、味気ない気もする。
どう言えば、ちょうどいいんだろう。
いっそ、「ランチプラン」だけでいいのかもしれない、とも思う。
ランチそのものは、ひとりでさっと食べる人も多い。
でも、「ランチプラン」と聞くと、なんとなく誰かと行くイメージがある。
だから、わざわざ「ママ友」と付けなくても伝わる気もする。
でも、言葉があるほうが安心する人もいるのかもしれない。
きっと何か理由があって、あえて言葉を足しているんだろう。
安心感なのか。
イメージの分かりやすさなのか。
それとも、もうすでに流通している言葉だからなのか。
考えれば考えるほど、よく分からなくなる。
言葉って、便利にするために生まれるのに、
便利な言葉ほど、どこかに引っかかる人が出てくる。
でも、引っかからない言葉って、逆に存在するんだろうか。
そんなことをぐるぐる考えながら歩いていて、ふと、根本的なことに気づいた。

そもそも私は、ランチプランを誰かと利用する機会があまりない。
言葉のことを真剣に考えていたはずなのに、最後に残ったのは、ちょっと別の現実だった。
まあ、看板のネーミング以前に、私にはまず、ランチの約束が必要なのかもしれない。
そう思いながら、その日もひとりで昼ごはんを食べた。
Text / 池田園子
【関連本】『あなたはあなたが使っている言葉でできている』
「SAVOR LIFE」では、生活をより豊かにするためのアイデアや情報を発信しています。会員様限定のお知らせや限定コンテンツをニュースレターでお届けします。ご登録ください!

